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日帰り歴史散歩「横浜に水上飛行場があった。」


八幡橋にあった飛行場

西区第1支部の4月の支部報告会の時のことです。報告会が終わって宴席になったときに「横浜にも飛行場があった」というお話を耳にしました。どこにあったんですか?とお訪ねすると「根岸の八幡橋のあたり。いまはプールがあることろです」と。「水上飛行場でね、戦前から戦後にかけてサイパンやパラオまで飛んでいたんですよ」法人会の集まりでは、諸先輩から自分の全く知らない横浜のいろいろな歴史を教えていただくことも愉しみの1つです。サイパンやパラオへの飛行は必ずしも華やかな面ばかりでなく、戦時中は特攻隊員の輸送という役割が中心だったという影の部分も見えかくれしました。

その場所にいってみました

「八幡橋バス停」は
なぜか川の手前と反対側で
2カ所あり両方とも同じ停留所名です
八幡橋の上から海側を望む

八幡橋でバスを降りると、目の前には八幡神社が。1400年の歴史ある神社で鳥居の脇のイチョウは樹齢600年だそうです。おそらくはここだけが、当時のまま残っている場所ではないでしょうか。いまは飛行場は跡形もありませんが、間違いなくここに南の島への入口が開いていたのです。大小の飛行機がジブリの映画のように離発着する様子を心に描きながら、新緑の眩しい歩道をプールセンターのほうへ歩いていくと、看板があり、歴史が記されていました。看板の地図によると、大日本航空横浜水上飛行場は、現在の根岸プールセンターからその横にある根岸中学校、さらに首都高の海側までを含んだ約2万坪の広さだったようです。この根岸飛行場以外にも、「磯子飛行場」「富岡飛行場」、戦後には伊勢佐木町に「若葉飛行場」、それが移転した「間門飛行場」などから多くの飛行機が離着陸していました。港町のイメージの強い横浜ですが、空の玄関口もたくさんあったんですね。

川面から見る八幡橋 新緑の美しい八幡神社
看板のイラスト プールセンターの近くで見つけた看板

根岸飛行場跡

昭和15年(1940)この埋立地に大日本航空株式会社により日本発の飛行艇専用民間飛行場がつくられました。南洋諸島パラオ島への定期航空路が開設されたのです。川西航空機製の97式という大型飛行艇が15年3月6日に根岸湾からサイパン経由パラオに向け飛び立ちました。発動機4基、翼長40メートル、「綾波」「磯波」「黒潮」「白雲」など海や空にちなんだ愛称の優美な巨人機で、サイパンまで10時間、パラオまではさらに7時間かかりました。客席は18あり運賃はサイパンまで235円で東京・大阪間の7倍でした。戦時中は人員と機材すべてが海軍に徴用され南方の島々との連絡や人員・物資の輸送の任務にあたりました。昭和17年には世界最優秀機の名も高い2式大艇が登場しましたが、全備重量24.5トンの日本最大の新鋭機で乗員以外に26〜64人も収容でき、離着水時には家々の屋根をかすめて轟音を響かせました。2式大艇の最終飛行は同じ年11月にアメリカへ試験機として引き渡すため香川県の詫間基地からここに飛来したのが最後です。根岸には飛行艇の乗員や空港関係者が大勢下宿し子供たちに南方の珍しい果物の味を運んでくれました。鳳町の名は巨大な翼にちなみ未来に羽ばたくようにという意味でつけられたそうです。(看板の解説より)

広報委員会副委員長 玉川昭子

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