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白石 康次郎 氏
青年部会社会交流委員会講演要旨「海・夢 そして命」
海洋冒険家
白石 康次郎
PROFILE
1967年5月8日 東京生まれ。横浜国立大学教育学部附属鎌倉小・中学校卒業。神奈川県立三崎水産高等学校 専攻科卒業(機関)文部科学省子ども居場所事業キャンペーンメンバー。横浜市教育 改革会議委員。2007年5月単独世界一周ヨットレース「5OCEANS」クラス I で2位ゴール。日本人初参戦のクラス Iで快挙を達成。1993年10月3日-1994年3月28日(176日)46,115km。〈スピリット オブ ユーコー〉で 世界最年少単独無寄港世界一周を達成。(26歳)

「世界を一周したいな」

「よく独りで、ヨットで世界一周した」とよく言われますが、ボク、友達がいないわけではありません(笑)。子どものとき、東京から鎌倉に引っ越して海を見て、「この海の彼方には何があるんだろう」と思った。「(彼方に行けば)地球は丸いから元に戻ってくる」と言われ「世界を一周したいな」と思って、で、実際にやってみた、という単純なことなんです。

最初は26歳で単独無寄港世界一周(世界最年少)をしました。自分でヨットを造って水・食糧を積んで、独りで、176日間どこにも寄らずに日本に帰ってきました。次に2002〜03年、単独世界一周レース・アラウンドアローンに出ました(4年に1回開催)。単独レースは〈危ない、孤独〉と思われますが、ボクは勇気があったわけではなくて、まず「やりたい」。で、危ないことに気づいて、どうやったら克服できるか考えるんです。苦労と言われますが、幸せのためにやっているんです。2006年が単独世界一周レースの5・OCEANS。昨年は、クルーの一人として太平洋横断しました。風だけで11日間(世界記録)、サンフランシスコから自宅のある横浜まで、電車・バス・飛行機使わないで行ってますから、超エコです。

ヨットの師匠は餃子の皮を延ばす

ボクは、国大附属小・中学校にいましたが、外で遊んでばっかりいて、文部省とは方針が合いませんでした(笑)。実習船でただでハワイに航海できるというので、三崎水産高校へ行って、ボイラーとかレーダーとか国家資格とるので高校では勉強しました。

高校2年のときに、多田雄幸という日本人が史上初の世界一周単独ヨットレースで優勝した(1982年アラウンドアローン・クラスII)。ボクはそれをテレビで見ちゃったものだから、「これ、やってみよう」。多田さんは個人タクシーの運転手さんで、屋台で一杯やってたら隣の人がヨットの話をしてたのがきっかけで、38歳でヨット始めて、52歳のときにこのレースに出て優勝するのです。それで、ボクはヨットなんてやったことなかったのに「頑張ればできる」と希望が湧いたんです。電話帳で多田さんを調べて直接電話して弟子入りしました。

多田師匠は多才な方で、植村直己さんが犬ぞりで北極行ったときサポートをやりました。お酒が大好きで、ヨットより新宿ゴールデン街に行ってる方が多かったですね。ある日やっとヨットを出してくれたら「オレ酒飲んでるから、好きにやっていいよ」。突風が吹いてヨットがだーっと傾いて、ボクは「わーっ」って言うしかない。師匠はさかづき置いてデッキに走って、セールをセットして舵を戻すと船がふわっと立ち上がったんです。また座ってお酒をすうっと……かっこいいですよ。1月の大荒れの時には、ボクはヨット用のが買えなくてお下がりのスキーウエアですから、たっぷり海水が溜まって寒くてたまらないし、船酔いで気持ち悪いのに、師匠はヨットの中にいる。はいつくばって行ってハッチ開けて「ちょっと代わってもらえませんか」って見たら、大荒れの中で師匠はどっかから見つけてきた棒で、餃子の皮延ばしてるんです。ああ、この人にはかなわない、と思いました。

師匠が唯一教えてくれたのは「もっと楽しみなさい」。近頃はスポーツも「楽しんでやろう」と言いますが、愉快にやればいいということではなくて、血のにじむような努力をして世界一周を果たした師匠のような人だけが、大荒れでも楽しめるんです。そういう人間になりなさいと言われたんだと思います。

祈っても風は吹かない

やっとレースに出たら、舵の軸受けボルトが壊れて、泣きの涙で引き返した。造船所の親方に直してもらって、また出かけたら、今度はマストのワイヤーが切れちゃって、自分で直したけど、世界一周の間もつかわからない。でも、さんざん世話になって、どの面下げてまた帰れますか。どうしよう……師匠に言われたの思い出して座禅をしました。独りで、海を見て、座って息を吸うだけ。ボク、何しに来たんだろう、世界一周だ、世界一周するためには……帰ってワイヤー直せばいいんです。

「申し訳ない、みっともない」これは邪念です。〈世界一周したい〉というフィルター(自分の望み)を通して海を見ると、判断を誤ります。皆さんは、いつも景気が良くて右肩上がりの成長を望みます。でも、世の中は変化してるので、ギャップが生まれます。このギャップが〈四苦八苦〉です。四苦八苦しないためには、状況を、人間の都合に照らし合わせないで透明な心で見るのです。

僕は1人ですから、セールを降ろしながら舵は握れない。眠りながらメシは食えない。将棋と同じ、一度に二手は打てないのです。決めて断ち切る、〈決断〉です。決断をするときはいい決断をしなくてはいけないですね。それには〈あるがままを見る〉ことです。2週間風が無くて船が全く動かないことがありました。どれだけ「風よ吹け」と祈ったか。そういうときは、待つんです。何もしないのではない。凪には凪にしかできない、チェックしたりする仕事があります。そして、収まらなかった嵐はない。抜け出せなかった無風帯はないです。それがボクが自然から教わったことです。

世界の海で

(レースでは)風邪は引きません、沖に出たら一人だけですからうつることはない。けがのときは、手術道具を持って行って自分でやります。夜も昼も走り続けて、セールを降ろすことはありません。眠れるときに寝て、いつ寝るかもレースのうちです。5・OCEANSのレースでは、南極をまわるのに氷山が浮いていて波が非常に高い。10メートル近くて、波というより山ですね。参加者の一人が僕らを抜いたのは良かったんだけど、若いから「勝とう、勝とう」というフィルターで見ていて、船を壊しちゃったんです。SOS出しても何日も助けに来てくれませんから、ボクらで助け合う。

レースが終わった後「康次郎の日本チームはルールをよく守って困っている人を助けてあげてた。我々も見習うべきではないか」と言われました。誇らしく思いましたね。外国に行って一番大切なことは、言葉を勉強することとかではなくて、良き日本人であることです。約束を守り礼儀正しく勤勉であること。外国の人に迎合する必要はない、ただ、協力は惜しまない。お互いの欠点をやり合うと破壊です。良い所をたたえあえば、融合が生まれるのです。

世界を3周してわかったのは、残念ですが、ボクはヨットの才能がないことです。船酔いは治らないし操縦はヘタだし。それでも世界一周したのは間違いなくボクですが、世界一周できるようにしてくれたのはボクじゃない。生んでくれた両親、ライバル、地域の人、みんなが私を育ててくれたおかげです。

夢はここにある

子どもに〈命の大切さ〉なんて理屈で言ったってわからない。「大好きな親が真剣に怒るから、これはいけないことなんだ」って覚えていくんです。子どもたちの原石を輝かせるためには、上から足してもかえって曇る一方です。削るのです。磨くんです。そうすると、本性がピカッと輝くんです。海に出ると、雨が心を洗うんです。風が心を磨くんです。波が心を鍛えるんです。嵐も船酔いもある。涙を流すことも、誹謗中傷を受けることもある。でも、苦しみをなくすことはできないけれど「苦しみではなくする」ことはできるんです。苦しみや嵐に合っても、自分を発揮してまっすぐ歩んでほしい。

最近「何をやったらいいかわからない」「子どもに夢がない」と言いますが、夢のない子はいない。鎌倉で海を見て「世界一周したい」と思ったのはボクです。海が「世界一周したい」と思ったのではない。つまり、夢は自分の心の中にあるものです。周りを探しても見つかるはずがない。ここに、胸の内にあるのです。

この講演は、社団法人横浜中法人会社団化40周年記念事業の一環として青年部会が企画し、横浜中区役所の後援をいただいて開催したものです。当日は、お子様を含む横浜市民の方々など多くの聴衆を迎え、白石氏のご講演の他にも「海・夢・命」に関連する三団体、「NPO法人 西浜ライフセービングクラブ」「NPO法人 日本セイルトレーニングスクール」「国連WFP協会」にご参加いただき、それぞれの活動をご発表願いました。
なお、WFPの「食糧支援」にご賛同いただいた多くの方々からの募金7万284円は当日、同協会専務理事田邊氏に直接手渡されました。
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