公益社団法人横浜中法人会
 
公益社団法人 横浜中法人会 住所:横浜市中区不老町2-11-8 税経研修センター TEL:045-662-6433 FAX:045-641-8222
HOME 法人会概要 入会のご案内 サービス 行事予定カレンダー 他会行事予定  
公告の掲載について
新・横浜経済季評

【2014.09】悪戦苦闘するベンチャー企業の経営者

べンチャー企業の経営は商品力だけでは決まらない。勿論商品力は強さの象徴だけにものづくり系ベンチャーには欠かせない。しかし、今回紹介する経営は物は良くても経営がうまくいかない事例である。

■ユニークだが高くて売れない

この企業は1999年創業で今年で15年目に入る。業種は産業用資材メーカーで、この仕事一本で50件もの特許と意匠登録を取得または審査請求中というから、いかにユニークな開発であったかが分かる。原材料はある企業が開発したもので、このメーカーしかもっていないためこの資材を使うことにし、ソフトウエア開発企業と3社連携して本格的な開発に取り組んだ。

この製品を見たお客様は一様にそのユニークさに驚き、例外なしに強い興味を示した。しかし、従来製品の20倍もする価格では採用する企業はほとんど出てこなかった。営業を得意とする社長は東京本社だけでなく大阪にも営業所を開設し営業活動に奔走したが、全くと言っていいほど売れなかった。VCマネーの支援も受けたが1 年で食いつぶし、本社の3 人を残して営業所も廃止し、考え直すことにした。

■「売らずに」「貸し出す」事に

友人のコンサルタントに相談した結果、「売らずに」「貸したら」というアイデアで、そうかレンタルという方法もあったかと早速パンフレットを作り貸し出すことにした。そして貸し出す以上何回使ったかを明らかにするバーコードを取り付け管理することにした。直ぐお客様から注文が入った。そして売上は50,000千円、1億円と倍々ゲームで伸びた。しかし、レンタルのための資金が増大し資金繰りは苦しかったが、累積赤字を抱えていたために銀行融資は得られなかった。資金繰りが苦しいのは自社レンタル事業をしているためだが、資金手当てをしなかったのは失敗であった。しかし、有望な事業であることを説明しVCマネー会社に協力要請をした結果、数社から資金援助の話があり、資本金は一気に230,000千円となった。そして、順調に取引先が増え売上も伸び黒字化すると、金融機関も融資に応ずるようになった。

■信用供与問題で資材調達が困難に

これで順調に推移するかと思った時、考えもしなかった伏兵が現れた。連携を組んだ企業からの信用供与問題が役員会で議論され、これ以上原料は売れないという全く想定外の話が持ち上がった。当初担当の部長さんからは信用供与問題などは全く話に出なかった。「原料の供給は責任を持って供給します。」という約束だっただけに、このままでは営業にも契約先の企業にも迷惑がかかる事態であった。当の部長さんも想定していなかったということで、成長していることは認めるがベンチャーでは資産の背景はないし、これ以上は信用は供与すべきでないということが結論だという。そこで大手商社の原料部経由で資材を調達しようとしたが、当初は興味を示した商社もまだ売り上げが小さくこの規模では扱えないということで断ってきた。この材料は他のメーカーには無く、切り替えるのも難しく出来なかった。

■中国北京に合弁で進出したが1年で失敗

そこで、いっそのことコスト問題もあるし中国市場の開拓も考える必要があるので、中国への進出を考えた。中国にも日本と同じではないが、似たような材料はあるという情報を得て早速北京に行き、元大手商社の北京駐在員をしていた人で現在は中国ビジネスコンサルタントをしている人を紹介された。中国ビジネスに大変詳しく親切でこの人ならばと、全面的に信頼して工場も合弁相手も見つけてもらうことにした。話は早かった。合弁相手も貸し工場も直ぐ見つかり現地工場の責任者には、このコンサルタントの昔の部下で能力が高く日本語もある程度出来る方を紹介され、とんとん拍子で北京への進出は決まった。

何としても安定生産の体制づくりが必要で社長はこれで一安心と、北京工場の社長に就任し、日本からは製造の責任者1人を送ることになった。契約も無事に成立、合弁会社はスタートした。しかし合弁会社の生産性はなかなか向上せず日本で作るよりも30%も高かった。我慢の日々が過ぎ、稼動6ヵ月が過ぎてもコストが下がらないばかりか、合弁会社の責任者からは原材料手当資金や工場の維持費名目で資金不足であると言われ、言われるままに1年で1億円もの持ち出しとなった。不思議に思った社長は公認会計士を送り込んで調査したところ、日本から送った資金は現地責任者の親戚の会社に流れていた。契約違反を立てに争ったところ自分がサインをした中国語の契約書は当初日本側で検討したものと違っており、自動的に資金が流れるようになっていた。中国語に不案内な社長は北京でサインをした際この一文が差し替えられている事に気づかずサインしてしまった。「だって、あなたはこの契約書にサインしたでしょう」といわれ、これは詐欺だと思ったがどうしようもなかった。腹は立ったがだまされた自分がバカだったとあきらめ、この会社は1年で解散となったが、間に立った親切な人と信頼していたコンサルタントもグルだった事が分かり、こいつは許せないと裁判をしている。

■独資で開設した大型工場1年足らずで失敗

合弁会社に懲りた社長は独資で別の地域に工場を求めた。地元政府の親切な対応もあり、大手企業からの大口注文の引き合いもあったので大型工場を手配し生産設備は当面の生産に必要なものを整備し工場は稼働した。そんな時、懸念されたレンタル事業における資金不足は目に見えて逼迫し、銀行の貸し渋りにもあって日本の会社は資金繰りが最悪の状況となった。銀行からは金融円滑化法によるリスケをやれば資金繰りが楽になると言われ、やった途端すべての金融機関の道は閉ざされ、資金繰りは最悪の状況となった。悪いことは重なるもので中国の現地工場から資金不足の情報が入った。家賃と材料の手配と賃金の支払いが主なモノなので大丈夫と思っていたが3ヵ月家賃の未払いが続いたら原料と設備が差し押さえられた。あわてて金策に走ったが30,000千円の準備は出来なかった。今中国に行くと逮捕されると言う人もいてためらっていたが、ようやく出資者を見つけ未払い家賃を支払い、この工場は余りにも大きかったので閉鎖し、新会社を作って直ぐ近くの小さな工場に設備を移転し、このトラブルは間もなく解消した。

■3度目の工場は結局スポンサーの手に

3度目の工場はお金のない時に作ったので投資家のほうが65%、当方が35%ということで設立しスタートしたが、当面投資家が100%出資し35%の当方負担分はしばらく個人借り入れということになった。3ヵ月ほどしたらいつ払うのかという矢の催促で、結局株式は相手に渡すことになり中国工場に対するすべての権利を失うことになった。

■生き残り策は、知財ビジネスに

こんな状況の中で救世主のように現れたのがこの機器を高く評価していた大企業の子会社であった。手元に残った19件の知的財産がものを言ったのである。この企業と総販売代理店契約を交わし、当社は知財によるロイヤルティーをいただくということになった。ただし、しばらくは代理店側も不慣れなので、営業と開発は契約企業の社員の立場で協力するということで現在持っている顧客もすべて権利譲渡することになった。この企業はしっかりした会社なので信用供与問題はないし、調達は国内も中国工場からも可能でまだ半年しか経っていないため売り上げは計画を若干下回っているようだが順調にスタートした。当然、このベンチャー企業は資金繰りの苦しみから解放され、営業の苦しみ、人材の雇用といった問題から解放されて、目下入金するロイヤルティーで累積赤字の解消努力を続けている。

これが、あるベンチャー企業の苦闘の歴史である。中小企業が海外展開する際の教訓が良く分かる事例である。またレンタル事業にした際の資金需要などにも気配りが不十分だったようである。しかし、知財が最後はこの企業を救った事を考えると、いかに知財に対する戦略が大切かが分かる。

会員情報
会員リスト
会員専用メニュー
会員専用 会員リスト
メールアドレス登録
操作マニュアル
部会
青年部会
社会経済の動き
 

-天気予報コム- -FC2-
社団法人横浜中法人会
Copyright (c) 2004-2006 Yokohama Naka hohjinkai All rights reserved. Produce by saipri