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石塚 英彦 氏
インタビュー 2020年3月
常に自然体で、そのときどきで楽しく仕事ができればいいと思っています。
お笑いタレント・俳優
石塚 英彦 氏  
PROFILE
生年月日 1962年2月6日。出身地 神奈川県。身長 175cm。●TVレギュラー・テレビ東京「よじごじDays」MC(月)15:40〜・日本テレビ「火曜サプライズ」(火)19:00〜・TBS「ぴったんこカンカン」(金)20:00〜・日本テレビ「メレンゲの気持ち」(土)12:00〜・北海道放送「今日ドキッ!」(月)〜(金)15:44〜 ※不定期ロケ・静岡放送「静岡発そこ知り」(水)19:00〜 ※不定期ロケ

──●石塚さんはお笑いコンビのホンジャマカでデビューしたと思っている人が多いのですが、そもそもは俳優でデビューされたそうですね。

そうなんです。この世界に入ったきっかけも俳優を目指していたからです。高校生のときに伊勢佐木町の横浜ピカデリーで「ロッキー」を観て、その内容はもちろん終演後に観客がスクリーン向かって拍手をしている姿に感動して「役者はすごい、芝居の力はすごいな」と思いました。そして自分もスクリーンに映る方の仕事をしたいと強烈に思ったんですね。

──●高校で映画を作ったという話は良く知られていますね。

高校の文化祭でクラスで映画をつくることになって、僕が脚本を書いて主役も演じました。高校では柔道部だったので、ロッキーの柔道版みたいな映画をつくったんです(笑)。クラス全員が協力してくれて、先生は自腹でフィルムや編集機材を買ってくれましてね、楽しかったなぁ。上映したら割と反響も良くて、とても気持ち良かったのを覚えています。ただ、俳優になる伝手もなく方法も分かりませんでしたから、大学に進んで演劇部に入って、いろいろ体験してみてから、職業として俳優という道に挑戦しようと考えたのです。

──●しかし大学の演劇部では活動されていませんね。

進学した関東学院大学の演劇サークルは、シェークスピアの英語劇をやるところで、まったくの方向違い。肝心のところを調べていなかったので、目標を見失った感じになっちゃいました(笑)。なんとなく学生生活を送っていくなかで、俳優への夢がずっと心にあって、大学3年を前に休学して劇団ひまわりに入団しました。発声や体の動かし方など基礎からレッスンをしたのですが、これといった作品に出られることもなく、結局復学して残りの学生生活を全うしようと考えました。

──●そこで新たな転機が訪れるわけですね。

そうですね、渡辺プロダクション(現ワタナベエンターテインメント)が芸人さんを募集しているのを知ったんです。当時はハナ肇さん、伊東四朗さんはじめお笑い出身だけれど、スゴい役者として活躍されている方が多かったこともあり、登っていく道を変えるのもありかな、と考えて受けたら合格しました。入って間もなく、刑事ドラマの役がつきまして。それがデビューになったのです。で、トントン拍子にいくかと思いきやそうではなくて(笑)、芸人として入りましたから、その後はピン芸人として5年ほど活動しましたが、なかなか日の目を見ませんでした。

──●ホンジャマカ結成はその後ということになりますか。

確か平成元年だったと思います。相方となった恵もコンビやトリオでやってきていましたがパッとしていなかった。僕とは、組んでみて受けたら続けていこうという感じでしたが、最初から反響も良く、手応えがありました。そしていいタイミングで初のテレビ出演も入って、それからコンビとしてコンスタントに仕事をいただけるようになりました。

──●売れていなかった頃はどういう心境だったのですか。

同級生のなかでは、勤め先の会社でそろそろ役職につく人もいたりして、焦りは少し感じていたのかな。僕は収入的に不安定だし、売れる保証もなく、不安は常にありましたね。でも不安は今でもありますから。テレビで新しいデブキャラが出ればヤバいなと思うし(笑)、いくつになっても何年やっても安心はできないですよ。ただ、ヘンに自信もありましたね。それで続けてこられたと思います。実は劇団ひまわりにいた頃に、今の奥さんと出会って同棲をはじめて9年目に結婚するんですが、テレビに出たこともないし、奥さんもずいぶん不安だったと思います。でも「いつかは売れる」という信念みたいなものがあったからやってこられたんでしょうね。

──●さて石塚さんは横浜のご出身で、学生時代まで過ごされたと聞いていますが、こちらのご友人とは今でも交流があるのですか。

ええ、同窓会などでは定期的に会っていますね。振り返ると高校時代は本当に楽しくて、クラスの仲間も部活の仲間も会えばすぐ昔に戻ることができて最高です。当時から友人とお笑いコンビを組んで笑わせたり、柔道部でもひょうきんなキャラでしたね。テレビに出始めたばかりの頃、部活のOB会に出たとき、顧問の先生から「お前、高校のときよりつまんなくなった」と言われ( 笑)、「ちょっと緊張しているだろう、もっと自然体でいけ」と言われたんです。柔道にも自然体という基本的な姿勢があって、それでラクになりました。それからテレビでも自然体で参加できるようになって、現在に至っている感じですね。

──●横浜といえばここ、という思い出の場所はありますか。

僕にとっての横浜は伊勢佐木町ですね。みなとみらいは地元の人だけではなく、遊びや観光でくるすべての人の街ですが、伊勢佐木町は今でも地元の人の街というイメージがあります。映画もよく観に行ったし、本を買うのは有隣堂だし、奥さんとの初デートは不二家レストランでした(笑)。今は東京に住んでいますが、休日にフラッと横浜にくることもあります。車で走りながら海をみたいし、買い物するなら横浜に行こう、と思うこともありますからね。

──●これからのコンビやご自身の活動のビジョンはありますか。

僕はあまり、計画を立てたりするタイプではないんですね。そのときそのときで、楽しいことができればいいなと思っています。ホンジャマカで一緒に出ることは少なくなっていますが、機会があれば大事にしたいと思いますし、俳優としてドラマの仕事が入ればやらせていただくし、もちろんバラエティもすごく楽しいです。旅のロケはそこでの会話やふれあいがすべて財産になります。

──●長く活躍されていますが、石塚さんのイメージはここ20年ほど変わらない感じです。健康もさることながら、若々しくて優しい雰囲気を維持されている秘訣はなんですか。

自然体でいることが「石ちゃんはいつも笑顔ね」と言っていただける秘訣かも知れませんね。また食レポの仕事で食べる機会が多くありますが、さすがに歳をとってくると食べてばかりはいられませんから、スポーツジムに通っています。体調管理や健康に気を使っていないと自分のキャラも含めて維持できません。それはどんな仕事でも同じだと思います。

──●最後に個人的なトピックなどありますか。

実はここ10年ほどは音楽にも取り組んでいるんですよ。ギタリストの三宅伸治さん、フラワーカンパニーズのベーシストのグレートマエカワさん、そして僕の息子がドラム、僕がボーカルで「オーバーオールズ」というバンドを組んでいます。僕はバラエティやるときはオーバーオールで、マエカワさんもステージでは裸にオーバーオールなので、全員オーバーオールの衣裳で、このバンド名でいいかと(笑)。お笑いでもステージで演る気持ち良さ、楽しさは分かっているので、音楽も楽しくやらせてもらっています。個々の活動もあるのでなかなか集まれませんが、横浜でもやりたいですね。そうだ、今度横浜でバンドのライブを実現させることを今年の目標にします(笑)。

テレビ東京旧本社にて(12月9日取材)
インタビュアー 福井・玉川

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