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三遊亭 圓歌 師匠
インタビュー 2020年2月
これからも大好きな街、横浜を拠点にキャスターとしての活動を展開していきます。
落語家
三遊亭 圓歌 師匠  
PROFILE
1959年 鹿児島県生まれ。1978年 三代目 三遊亭圓歌に入門。1982年 二つ目昇進 三遊亭きん歌となる。1987年 真打昇進 初代 三遊亭歌之介となる。2019年 四代目 三遊亭圓歌を襲名。

──●現在、2019年3月からスタートした4代目・三遊亭圓歌の襲名披露興行の最中ですね。

そうですね。3月の鈴本演芸場を皮切りに都内で50公演ほどやらせていただいて、今は全国34カ所を回らせていただいています。ここ横浜が9カ所目(2019年12月現在)で、2020年の3月までちょうど1年かけてやらせていただいています。

──●3代目圓歌師匠の芸風を継いでいた歌之介さんが4代目を襲名されたわけですね。

先代が亡くなったのが2017年ですから、本来は3回忌を終えてからというのが通例で、私もそう思っていたんですが、2020年はオリンピックがあって目立たないでしょう(笑)、それに元号も変わり新しい時代を迎えたということで、新しい圓歌でいきましょうという流れになったのです。後で聞いた話ですが、2016年の落語協会の納会で師匠は柳亭市馬会長に「歌之介(当時)に後を継がせるから頼む」と話していたそうで、その気持ちを汲んだ市馬会長が理事会にはかってくれて、承認されたそうです。

──●帝国ホテルの襲名披露パーティの豪華さも話題になりました。約500人のお客さまを招いたそうですね。

はい、この名に恥じないものにしたいと思い盛大に開かせていただきました。ワインが「シャトー・ラトゥール」という、1本ウン万円のものを用意しまして(笑)、出席者が増えていくたびに取扱店に追加の連絡を入れていたら「お宅は何のお仕事ですか?」と聞かれました(笑)。結局58本のラトゥールを用意しました。春風亭昇太師匠とは同期で仲がいのですが、パーティ会場で「すごいじゃないですか」って、目を白黒させていましたよ(笑)。でも本当に多くの方に祝っていただき、先代師匠にも喜んでいただけたと思っています。

──●先代師匠を思う気持ちは人一倍と思いますが、そもそも、落語家になろうと思ったのはどんなきっかけがあったのですか。

私は鹿児島の出身なんですが、中学2年の頃に大阪に引越しました。当時、桂枝雀師匠の人気がブワーっと出始めた頃で、テレビで落語を聞いて、なんて面白いんだって、ひっくり返って笑いました。ただ落語家になろうと思ったのは後の話なんですよ。高校を卒業するとき、劇団員になろうといくつか応募したんですが落ちまして、私は部活でソフトテニスに夢中になっていたんですが、心配した母親が部活の顧問に相談したところ「1週間以内に進路を決めないと行きつけの中華料理店で働かせる」と言われました(笑)。そこで思い出したのが、雑誌の対談に出ていた先代師匠のことで、そこに東京の四谷に住んでいると書いてあったのを思い出して、上京したんです。

──●先代に弟子入りしようと思ったわけですか。また最初はなぜ劇団だったのですか。

元々、書くことが好きで、高校の文化祭で寸劇のようなものを書いて演じたら結構受けましてね。快感でした。脚本、監督、主役も演じるチャプリンに憧れていました。で、劇団に入りたかったのですが、その道が断たれそうになって、思い出したのがうちの師匠がやっていた創作落語です。創作なら自分でネタを書けばいいと思い、合っているんじゃないかと勝手に思ったわけです。またその頃は笑福亭鶴瓶師匠の深夜ラジオもよく聞いていて、落語家って職業は自由そうでいいなぁなんて印象もあったんですね。

──●でも突然訪問して、弟子入りを願い出て受け入れてもらえたわけですか。

まあ、もちろんすったもんだありまして。当初は断られて、すんなりとはいきませんでしたが、師匠の先妻の和子夫人が私を気に入ってくれたり、亊務局の方が弟子入りを後押ししてくれたこともあり、ようやく認めてもらいました。無事入門後、事務局の方にお礼にいったら「キミがくると掃除がラクになるんだよ」と言われましたけど(笑)。ともあれ、三日目には師匠から「三遊亭歌吾」という前座名をつけていただきました。

──●それ以後は、独自の芸風といって良いでしょうか、快進撃を続けてきました。プロフィールをざっと拝見しても、弟子入りから4年後の1982年に二つ目に昇進、1985年にはNHK落語コンクール入賞、1987年には落語協会の真打試験に見事合格して18人抜きの大抜擢で「三遊亭歌之介」として真打昇進を果たしました。スピード出世ですね。やはり創作落語へのこだわりはおもちですか。

ものを書くのが好きっていうのは、今も続いているんですね。常にペンをもっていると、ふっと湧いてくるものがあって筆が動いていくというか。ちょっと格好良すぎるかも知れませんが。脚本家や作詞家のいろいろな発言をみても、「書かされている」という言い方をされる方がいらっしゃいますが、それに近いかも知れません。もっているペンにエネルギーがおりてきて、新しいネタを創る力になっています。4代目襲名とともに還暦を迎えたわけですが、今、自分のなかの鉱脈をようやく見つけられた手応えがあります。あとはどのへんまで鉱脈が続いているか、掘り続けていきたいと思っています。

──●襲名披露パーティは故郷の鹿児島でも開かれたそうですね。

城山ホテルでやらせていただきました。一つ面白い話しがありましてね。鹿児島に真言宗の最福寺という由緒あるお寺があり、そこの偉いご住職さんと懇意にさせていただいています。「3月21日から4代目を襲名いたします」とお話したら「いい日ですなぁ」とおっしゃる。「何の日ですか」と尋ねたら「弘法大師さまがご入定された日です」と。生き仏になられた日なので一番大事な日なんですね。それからご住職さんが「鹿児島では襲名パーティはやらないのですか」と聞かれたので「6月15日に城山ホテルで行います。ご住職もぜひ」とお話したら、また「いい日にやられますなぁ」とおっしゃる(笑)。「何かありますか」と尋ねたら「弘法大師さまのお誕生日です」と。これは冗談ではなく本当なんです。私、鳥肌が立ちましたよ。

──●なにかご縁があるんでしょうか。さて、今後の抱負などございましたお願いいたします。

落語家としての芸を追究してくことはもちろん、もう一つは落語界への貢献ですね。実は2020年の4月から落語協会の理事になります。理事として発言もできるので、落語界の発展、活性化のために尽くしていきたいと思っています。落語芸術協会の会長は昇太師匠でこれは100年に一度のチャンスが巡ってきたと思っているんです。今までもいろいろな動きがあっては消えてきたそうですが、落語協会と芸術協会、立川流に円楽一門会が再びワンチームになれればすばらしいことだと思います。一緒の席で色々なメンバーが組めるし、4の団体つがまとまることはお客さまにもっと楽しんでいただけるとのではないかと思います。簡単ではないでしょうが、そういった落語界全体をふまえての活動にも取り組んでいきたいですね。

関内ホール楽屋にて(12月4日取材)
インタビュアー 福井・大内

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