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筒井 之隆 氏
インタビュー 2017年6月
世界中の子どもたちに発明発見の楽しさを伝えたいという思いを形にしたのがこのミュージアムなんです。
安藤百福発明記念館
(愛称:カップヌードルミュージアム)館長
日清食品ホールディングス(株)常勤顧問
筒井 之隆 氏  
PROFILE
1944年1月、大阪府生まれ。同志社大学卒。1967年、読売新聞大阪本社入社、1985年、日清食品株式会社入社、宣伝部長、マーケティング部長、広報部長、取締役、常務取締役を歴任、2005年から常勤顧問(現在も)。2006年〜2009年立命館大学経営学部客員教授。2011年から「カップヌードルミュージアム」館長。

──この「安藤百福発明記念館 カップヌードルミュージアム」には海外からも大勢の人が訪れていますが、子どもたちにぜひ来てもらいたい施設ですね。

はい、高校生以下は無料です。インスタントラーメンを発明した安藤百福は、生前から、「子どもからお金を取ってはいけない」と言っていました。小さい時に両親を亡くして、寂しい思いをしたから、「子どもを大事に」という思いが強かった。安藤の人生は波乱万丈で、いろんな事業を興して成功と失敗を繰り返しました。飛行機のエンジンを作ったり、ヒマの葉でカイコを飼って絹糸を作る蚕糸事業に挑戦したり、アイデアを思いついたら何か始めている。根っからの起業家です。戦後、食糧難の時代には、塩や栄養食品を作って飢えた人々に提供したこともあります。ところが、信用金庫の理事長になり、倒産して無一文になった。そこからチキンラーメンの開発に成功します。48歳でした。ちっぽけなチキンラーメンという「一粒の種」が、世界に広まって今は年間1千億食という大きな産業になりました。安藤の、世界中の子どもたちに発明発見の楽しさを伝えたいという思いを形にしたのがこのミュージアムなんです。

──発明の経緯を見るのは、子どもはもちろん、大人でも楽しいですね。

インスタントラーメンの歴史はまだわずか60年弱。歴史的に保存価値があるような展示物ははっきり言って無いんです。どうせ無いなら、遊んでおいしいものを食べて、思い切り楽しんで頂ける体験型のミュージアムにしよう。そういう開き直りが成功したのだと思います。企業ミュージアムは、出来たときは珍しいからお客さんがたくさん来ますが、年々減っていきます。カップヌードルミュージアムは幸い、毎年100万人の来館者を維持できています。そのうち約70%が神奈川県外のお客さまで、地元への誘客にも貢献できていると思います。2016年度は107万8000人。設立6年目で最高を記録しました。いま日本で、年間100万人を超える企業ミュージアムはほかにありません。

──子どもたちが帰る時に、自分で絵を描いたマイカップヌードルを透明ポシェットに入れて歩いているのが、宣伝効果を上げていますね。

ありがたいですね。家に持ち帰ったマイカップヌードルは、たいていリビングルームに飾られる。賞味期限はひと月なので、食べて無くなると無性に寂しくなるそうです。で、また作りに行こうと(笑)。現在、2度、3度とお越しになるリピーターが(来館者の)20%になりました。もう一つ、小学生の校外学習や中高生の修学旅行の子どもたちを最優先で受け入れています。見学して、チキンラーメンやカップヌードルを作って、カップヌードル・パークで遊んでもらう。先生方が、学習効果もあることを理解していただくと、毎年継続的に生徒が訪れるようになります。とくに、小学校5年生の校外学習では、お弁当を食べる場所として、ミュージアム5階のイベントホールを提供しています。一度に100人以上が座れますので、先生方に喜ばれています。

──ああ、ホールは景色もいいですし、ランチの場所に最高ですね。

ささやかですけれど、学校教育に貢献できていると喜んでいます。みなとみらいホールで、同じ校外学習の神奈川フィルの「ふれあいコンサート」を聴いてからミュージアムに来る。そういう近隣施設との連携も自然に出来ました。観光集積地の横浜みなとみらいに立地したことがよかったと思います。

──母体の日清食品は大阪の会社ですね。なぜ横浜にミュージアムを?

大阪府池田市の「インスタントラーメン発明記念館」に来られるお客さまは、大半が関西の方です。広く首都圏の人にも来ていただきたいと考えて、あちらこちら探したんです。新港地区の現在地は世界に開かれた横浜港と羽田空港に近く、海外客も期待できる最高の場所だろうと。目の前はヨコハマ・ベイ。林文子市長が来られた時、(5階から眺められて)びっくりされた。「横浜にこんな素敵な場所があったんですか」(笑)。

──ところで、館長は日清食品勤務時代に社内ベンチャーで大きな赤字を出されたとか、どんな事業をされたのか伺ってもいいですか。

そんな、恥ずかしいことを(笑)。当時の日清食品は、創業30年以上たち、社員の平均年齢が38歳を超え、ラーメンの専業比率が90パーセントを超えていた。『会社の寿命』(日経新聞社刊)という本に「こういう会社はつぶれる」と書いてあった。社長に相談すると「じゃあ、企業内起業家を育てよう」となった。年に一度、管理職は新規事業を提案して、採用されれば自ら社長になって推進するというプロジェクトを始めた。締め切りが迫ってきたとき、はたと気がついた。私も管理職でしたから(提案を)出さなきゃいけない(笑)。飲料事業会社を作って、100%のブルーマウンテン・コーヒーの焙煎豆を金色の樽に詰めて1万円で売ったんです。

──ほうー、売れましたか。

売れたんです。ところがあっという間にバブルが崩壊、高級ギフト品はダメになって、累積負債が6億円くらいかな・・・。

──うわあ、それは……。

自分で会社を起こしていたら家庭崩壊してましたね。命拾いしたのは、社内ベンチャー制度の説明書の一番最後に、「ベンチャーに打って出る勇気を尊重し、失敗した場合でも現職に復帰できることとする」という一文を入れてたんです。それで本社に戻ってこられた。それから、宣伝部長やって、マーケティング部長やって、ミュージアムの館長やって、損失を少しでも取り戻そうと頑張っていますが、たぶんまだ返済はできてない(笑)。

──宣伝部長の時に制作されたテレビCMが、1993年にカンヌ国際広告映画祭でグランプリを受賞されましたね。原始人が恐竜を追いかけて、最後に「Hungry?」。

博報堂と東北新社さんの最高のクリエイターが集まって、いいコマーシャルが出来ました。5年間にグランプリ・金賞・銀賞・銅賞、アドバタイザー・オブ・ザ・イヤーを取った。テニスで言ったらグランドスラムです。日本の企業では他にありません。でも、私の仕事は、広告代理店にオリエンテーションして、それに対するプレゼンテーションがあって、どれにするか決定すること。もちろん意見はいろいろ言いましたが、「あれは私がやった」なんて口が裂けても言えません。もし言ったら「なに言うてんねん」と笑われます(笑)。

──でも、型破りな広告を決定するのには勇気がいりますよね。

サラリーマンやってちょうど50年たちました。「どんな仕事をしてこられましたか」とよく聞かれるんですが、「自慢するものはありません」と、(自慢話は)言わないようにしているんです。いま、言ってしまいましたが(笑)。いろんな人の力を集めて、組織で動くのがビジネスです。でも何もないとなるとさびしい。私は、そんな時、「何をしたか」ではなくて、「私にしかできなかった事は何か」を考えて、それを心に秘めたいと思っています。安藤の語録に「仕事を戯れ化せよ」というのがあって、命令されてやった仕事は面白くもなんともない。苦しいだけで、失敗したら責められる。成功したら上司に持って行かれる(笑)。自分で企画したことを進めて、楽しみながらやると疲労もない。こういう社風の中で仕事ができたことはとても幸せでした。

──創業者の安藤百福さんに接する機会は多かったのですか?

約22年間、創業者の横にいて、薫陶を受けました。異能の人ですね。ある時、「食べ物がどんなふうに生活の中に根付いているか、郷土料理を調べたい」とおっしゃって、3年半以上、日本全国、一緒に旅行して取材しました。実は、私はもともと読売新聞大阪本社に勤務していまして、その記事をまとめて新聞に連載しました。その後、中国大陸にも旅行して、食べたラーメンが約300種類。『麺ロードを行く』という本になりました。そんなご縁で、「筒井くん、きみは便利やから、うちへ来い」って、わたし便利屋ですかいな(笑)。

──日清食品に入社されたのはそういうご縁でしたか。話変わりますが、お仕事以外にもリフレッシュするご趣味とかありますか。

いやあ、私は仕事でリフレッシュしていますから(笑)。ゴルフもやりますが、ゴルフでストレスためて仕事で発散している(笑)。創業者の「仕事を戯れ化せよ」を実践しています。

──野毛にある日本最古のジャズ喫茶「ちぐさ」の理事をしていらっしゃいますね。

はい。横浜に来て何がうれしいってジャズが聴けること。2012年3月11日、野毛の「ちぐさ」が再興された日、仕事ほったらかして行きました。昔のままの大きなスピーカーでアナログレコードをかけている。チリチリという針とレコードの擦過音がたまらないんです。「ちぐさ」創業者の吉田衛さんの思いは若いジャズメンを育てたいということでした。そしてちぐさの関係の方々と相談して、ジャズ専門レーベル「ちぐさレコード」を立ち上げました。優秀な新人を発掘する「ちぐさ賞」を始めたんです。受賞者にはアナログレコードを作って、made in YOKOHAMAとして全国発売しています。仕事ではないけれど遊びでもない。プロボノというボランティアとしてお手伝いさせていただいています。

──活動の範囲が広いですねえ。これからもお元気でご活躍ください。

カップヌードルミュージアムにて(4月5日取材)インタビュアー 植草・福井

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