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上原 大祐 氏
インタビュー 2016年04月
脚は動かないけど、それをずっとマイナスと思っていると一生マイナスなんです。どんなマイナスでも最高のプラスになることがある。どうプラスに上げるかが大切。
アイススレッジホッケーバンクーバーパラリンピック銀メダリスト NPO法人D-SHiPS32代表
上原 大祐 氏  
PROFILE
社会起業家、パラリンピック銀メダリストアスリート、NPO法人D−SHiPS32代表。1981年、長野県出身。生まれながらに二分脊椎という障害を持ちながら、そのバイタリティと明るさでリーダーシップを発揮してきた。19歳で出会ったアイススレッジホッケーに熱中。2006年トリノパラリンピック日本代表として選出され、日本人選手最多のゴールを決めた。2010年のバンクーバーパラリンピックでは、準決勝のカナダ戦で決勝ゴールを決め、銀メダル獲得に貢献。現在はアスリートとして、そしてNPO法人「D−SHiPS32」の代表として多方面で活躍する。

──アイススレッジホッケーの日本代表として、2010年のバンクーバーパラリンピックでシュートを決めて、銀メダルを獲得されました。アイスホッケーとはどう違うのですか。

スレッジという、そりみたいな乗り物に乗ってアイスホッケーをします。ルールもほぼ同じです。(国内では)今は東京、長野、青森、北海道に計4チームがあります。

──選手として活躍されていましたが、これからはどんな活動を?

アイススレッジホッケーの道具のブランドを立ち上げます。アパレルブランドも。“フォー・ワン”というその人のためだけに作られるアパレル。たとえば、私は、この腕の太さに合わせてスーツを買うとだぼだぼ。脚は生まれつき成長しないので23センチくらい。皆さんみたいな革靴は履けないです。服や靴やいろいろ、それぞれの課題を解決するアイテムを作る。あと、ユニバーサルビレッジという長野県での村づくり。耕作放棄地を畑や田んぼにして、古民家を再生して、日本テレビでやっている「DASH村」みたいな感じです。それに講演会、NPO法人のD‐SHi PS 32など。

──ディーシップス32(ミニ)?

私は、皆さんから見ると腕が太いと思われるでしょうが、世界では最も小さいプレイヤーだったんです。そのためあだなが「ミニ」で、背番号は32番。また、ミニは子どもたちと言うこと。D‐SHi PSは子どもたちに夢を運ぶや子どもたちの夢の船。アメリカで障害を持ったたくさんの子どもたちがスポーツをしているのを見て、日本にそういう環境を作りたくてNPOにたどり着きました。

──日本では、スポーツより、日常生活だけでいっぱいいっぱいという感じですが。

おっしゃるとおりです。でも、親御さんの気持ちが楽になればできる。私は小・中学校の義務教育を断られていて、今も、親御さんたちが頭を下げて頼んでいるという状況なんです。母が頑張らなかったら私は小学校には入れなかった。

──国民には〈教育を受ける権利〉があるのに、頑張らないと行けないなんて、我々は知らなかったです。どういうことで断られるんでしょう?

「前例がない」。でも、誰かトライしないとずっと前例はできない(笑)。「怪我したら困る」。走り回っている子と、動けない車椅子ユーザーと、どちらが怪我をするでしょうか。「受け入れ方がわからない、上原さんのために先生を一人付けられない」。別に付けてくれなくていいんですけど(笑)。

──今のお話は全部、受け入れ側の問題ですよね。子どもの側の問題ではない。

そうなんです。受け入れないから(健常の子が)関わりがない。関わりがないまま大人になって先生になるから、また受け入れられない。

──そういう垣根を取り払う活動をされているわけですね。

理解してもらうために健常者向けにパラスポーツをやっています。先日新横浜のスケートセンターでアイススレッジホッケーの体験会をしました。健常の子どもたちはスレッジに乗りたくてね、すごい並ぶんです。みんな「難しい」って言うけど、私がスイスイ走るのを見せると、「車椅子の人でもすごい!」って思う。
 小学校の体育の授業では車椅子バスケットボールをやりました。運動神経の差が出ないところが面白い。車椅子に乗るのはみんな初めてだから。いつも体育の授業が嫌いな子も楽しめる。ちょうど脚を怪我してる子がいて、その子もできる。障害者スポーツって、“障害者にしかできない”とみなさん勘違いされている。“障害者にもできる”スポーツなんです。アメリカだと健常者の車椅子バスケットボールのチームがあったりします。

──へえー。参加してもらう、参加させちゃうというわけですね。

そうですね。ユニバーサルビレッジの村づくりでも、車椅子の大敵は土なので、「畑は無理だね」と言われて土や野菜に触れる機会とかを損失している子どもたちがいる。それで、あぜ道を広くしてゴムシートを敷く。それだけで(ΟK)。片付けないと水はけが悪くなるので、参加した健常の子どもたちが毎回敷く。今まで一緒に遊べないと思っていた車椅子のお友達が、一つのアイディアで一緒に何かできると学ぶ。古民家もあえてバリアフリーにしない。段差があるから、「手伝おうか」「手伝って」というコミュニケーションが生まれます。

──小学校での講演会では「脚が悪くて良かったことを教えてください」という質問が出たとか。大人だと、聞いてはいけないと思ってしまう。子どもならではですね。上原さんのお答えは?

「脚が悪いからこそ分かる不便や必要な物が分かる。そんな知識を活かして自分が開発した物が、同じような人、そうじゃない人にも役に立つ。自分が脚が悪いことによってできた製品で幸せな人を作れる。それが面白いと、最近思う」って、お答えしました。
 企業は、課題があってそれを解決するために製品を開発して、利益を出すわけです。今の企業さんは便利すぎて、不便さゆえの課題が見つけられないでいる。だから新しいビジネスを生み出せないでいる所がたくさんある。私の周りは課題だらけ。障害のある友達と「僕らの愚痴ってビジネスチャンスになるね」って話をしたんですよ。

──なるほど。

脚は動かないけど、それをずっとマイナスと思っていると一生マイナスなんです。どんなマイナスでも最高のプラスになることがある。どうプラスに上げるかが大切。私は、3月で辞めましたが、製薬会社で2006年から新卒採用担当をしていて、1年間休みをもらってアメリカにホッケー留学に行きました。住む家が見つからないまま、50キロくらいの荷物を持って一人で行ったんです。

──チャレンジャーですねえ。

アパートとか借りて、(ホームステイでなく自宅だから)家に友達を呼べたので仲間がたくさんできた。他にも2014年のソチパラリンピック出場を目指していたけど、残念ながら出場できなかったんですが、出場していたら参加できなかったイベントで知り合った人たちと今のユニバーサルビレッジやNPOを始めたんです。ソチパラリンピックに出られなかったけど、出られなくて良かったと言うくらい。

──なるほど。夢先生のお話もお聞きしたいのですが。

日本サッカー協会がやっている企画で(スローガン“夢があるから強くなる”)、夢先生は、自分の経験を語る。失敗することもあるけれどそれをどういうふうにまた気持ちを上げていけるかという話をするんですけど。この前、石巻の小学校に行きました。

──(車椅子で行きやすい)1階の教室を用意してくれたのを、上原さんが3階を指定して、4人いれば車椅子を上げてもらえると言ったら、ほぼ全員の30人の生徒がいたという、いいお話ですね。

車椅子は(別に)持ち上げてもらって、私の脚を持ってもらったら自分の手で階段を上っていける。そういうのも見せて、こうすれば3階も行けるんだと学んでほしかったので。みんなが書いた夢がこれから届くんです。それに返事を書くんですよ。

──上原さんの夢は?

いっぱいあって(笑)。一つは、子どもたちがもっとスポーツできる環境になって、日本からパラリンピアンやメダリストが生まれること。その根底には、皆さんが当たり前にしていることを当たり前にできる社会を作ること。そのために、健常者と障害者が交わる場所をいかにたくさん作るかですね。横浜でアイススレッジホッケーのチームを作りたいんですが、リンクを借りるのがとても大変。私たちは夜中に練習しているけど、それでは子どもたちができない。土曜日の昼間とかにできたらいいですけど、普通のお客さんを入れることになってしまって。課題ばかりですね。みなさんにサポートして頂いて、一緒に盛り上げていけたらと思います。

──これからのご予定は?

新横浜でスレッジの体験会を8月に。「スポーツ車椅子ゴミ拾い」も横浜でやろうと思っています。健常者に、車椅子の乗り方と介助の仕方の講座をやって、車椅子で町中をゴミ拾いしてもらいます。スポーツですからタバコ拾ったら何ポイントとか、町中で使いづらい所のチェックをしてそれもポイント加算。自分の街を知りながら、車椅子のサポートを知りながら、街がきれいになる。

──トリプルおいしい企画ですね。

大会を開くと、その地にお金は落ちて、ゴミは拾われる( 笑)。あと、仕事ではないですけど、2020年の東京パラリンピックを目指しています。バドミントンで。

──えっ、アイススレッジホッケーでなくて?

それは夏の競技じゃないので。

──そ、そうですけど。バドミントンはもともとなさってたんですか。

高校の時やってたんです。ホッケーもバドミントンも手首を使うので、使う筋肉はほぼ同じ。体はもう出来上がって、ばっちりです。バドミントンは2020年で初めて正式種目になるから、“母国で初代チャンピオン”か(笑)。不純なんです(笑)。

──かっこいい!期待しています。

(株)アマノスタジオにて(2月18日取材)
インタビュアー 植草・大川

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