公益社団法人横浜中法人会
 
公益社団法人 横浜中法人会 住所:横浜市中区不老町2-11-8 税経研修センター TEL:045-662-6433 FAX:045-641-8222
HOME 法人会概要 入会のご案内 サービス 行事予定カレンダー 他会行事予定  
公告の掲載について
ナイツ(塙 宣之氏、土屋 伸之氏)
インタビュー 2015年1月
苦手なものを減らしていったらスタンダードな漫才になった。
漫才師
ナイツ(塙 宣之氏、土屋 伸之氏)  
PROFILE
2001年ボケの塙と、ツッコミの土屋の漫才コンビを結成。内海桂子の弟子として活動。2003年漫才協団(現・漫才協会)・漫才新人大賞受賞。2008年お笑いホープ大賞THE FAINAL優勝&NHK新人演芸大賞受賞。M-1グランプリでは2008年、2009年、2010年3年連続で決勝進出!!THE MANZAI2011準優勝。落語芸術協会、三遊亭小遊三一門として寄席でも活躍中!

──今日の出番までまだ少し時間がありますね。よろしくお願いします。そもそも漫才を始められたきっかけは?

塙 子どもの頃からテレビでお笑いを見て、やりたかったんです。ドリフターズとか好きで。でも、演技ができないから、コントはできない。苦手なものを減らしていったらスタンダードな漫才になった。スタンドマイクの前に二人で立って、素のしゃべりをやるだけなので、けっこう楽かなと思って(笑)。

──コントは上から物が落ちてきたり(ドタバタが)ありますものね。お二人は大学のころお知り合いになられたとか。

土屋 大学の落研(おちけん)、落語研究会で。塙サンが一つ先輩です。僕は、塙サンに誘われて初めて仕事としてお笑いを考えました。大学3年生で普通に就職活動をしようとしていたので。

──ご両親はなんと?

土屋 うちはちょっと反対気味でしたね。説得して、まあ、見守ってくれました。

塙 うちは兄(ピン芸人のはなわ)がもう芸人やっていたんですよ。(デビュー)4年目くらいで、全く無名だったので、親からしたら、「兄でさえダメなんだから、あんたはもっと無理でしょ」みたいな。兄貴は昔から人気者で、面白かったんですよ。でも、実はオレもやりたかったんだって話をして。大学の大会とかで優勝していたんで、ちょっと、イケるんじゃないかって、軽い気持ちがありました。

土屋 その後、塙サンが交通事故に遭って、すぐには活動できなかったんです。脚を切断するかというくらい大きな事故だったんで。

──大変な状況でしたね。

土屋 周りの友達がどんどん就職が決まっていく中で、僕は塙サン(という会社)に就職したつもりだったんですけど、会社が爆破された(笑)。

──コント中に事故に?

土屋 コント中には事故らない(笑)。普通に交通事故。バイク乗ってて。

──ビートたけしさんのまねをして?

土屋 ちがいます(笑)。2000年の6月に事故ったんです。それで…。

──ちょうど梅雨ですね。 

土屋 そうです、3か月くらい…。

──雨だったんですね。

土屋 ちょっと黙っててください。(ツッコミが)独特なインタビューですね(笑)。3か月くらいして歩けるようになったんです。

塙 リハビリ中も松葉杖付きながらオーディションとか自主ライブとかはやってました。

──塙サンは最年少で漫才協会の理事になられたそうですね。

塙 最年少かはわかりませんが、2007年になりました。漫才協会の理事は15人くらい。今まで若手の理事がいなくて、投票でボクに6票くらい入って、若手を1回入れてみようということになったんです。2013年に土屋クンも理事になって。今日、理事会だったんですよ。

──理事会でも、みなさん、お笑いでふざけながら?

土屋 ふざけてないですよっ(笑)。笑いも入れながら、協会の未来を論じてます。東京の漫才のために、浅草のために。芸人やりながら、文化庁に行ったり、ほかの協会との会議に参加したり、会計を一生懸命やったり、ボランティアで運営するということはすごいなと思います。

──普段の生活は、芸能界は朝遅いイメージがありますが、時間は一定していないですか。 

土屋 一定していないですね。一定するのがイヤなんで芸人になったんだと思います。毎日同じ時間に、サラリーマン、イヤじゃないですか(笑)。

──今日の寄席は夜7時からですね。

塙 今日は午前に理事会があって、お昼に(浅草の)東洋館の出番があって。2時間くらい空いちゃうんです。

──その間は何をされているんですか。

塙 喫茶店でパソコンでネタを書いたり。土屋クンは連載をやっていて締め切りまでに馬の絵を描かなくちゃいけないとかあるので。

土屋 そういうことができるお店を選ぶのが大変。(テーブルの上に)広げて、消しゴムのカスとか汚いから。東洋館の近くの喫茶店はいいですね。元々汚いので(笑)。おしゃれなカフェや、六本木とか、テレビ局の近くとかは困るんです。家だと、子どもが小さいから邪魔されるんで。

──ネタを書くというのは、脚本みたいに書いていくのですか。

塙 漫才ってボケとツッコミなんです。(ボケ担当の)自分が言うボケだけ考えとけば、ツッコミは土屋クンが適当に言ってくれるだろう。ボクが書いたボケの紙を、土屋クンに渡して、そのまま舞台に出るという感じ。

土屋 塙サンが言いたいことを言う、その間違いをボクが訂正する、というのが僕らの漫才。だから、塙サンが言うことを知っていれば、こう指摘したらお客さんにわかりやすいなって考える。

──漫才って、大筋だけ決めて、その場の掛け合いでしゃべってらっしゃるのかと思いました。

塙 その場でやる人はいない(笑)。フリートークじゃないので。ネタとフリートークは違うじゃないですか。ただ、ネタを練習する人とあまりしない人はいると思います。このあいだ、もうすぐ年に1回の独演会があるので、ずっとネタ作っていたら、夜11時に首がピキーン!朝起きたら痛くなかったんですけど、マジ、怖くなりましたよ。今までやったことがないテンションが高いネタで、練習でわーっとやったとき変な(筋肉)使ったのか、(疲れが)溜まってたんでしょ。

──ええー!これから本番なのでお気をつけて。ところで、お兄さんのはなわさんは佐賀県出身をネタにしてらっしゃいますけど。もともとご出身は千葉県なのですか?

塙 子どもの頃は家族全員千葉に住んでいて、親の転勤で佐賀に越して、小学生から高校まで佐賀にいたので、佐賀がふるさと。実家は元の家に戻って、いま千葉県なんです。兄貴は「ふるさと佐賀」とか歌っちゃったから、ややこしくなった。ボクが千葉出身っていうと「お前やめろ」(笑)。

──千葉じゃなくて滋賀ならよかったですね。「さが」と「しが」ならわからない。

土屋 いや、わかりますから(笑)。わかりますよ(笑)。

──そんな青春時代を過ごされて、今も千葉にお住まいで?

土屋 いや、二人とも東京です。(浅草演芸ホールから)遠いので、近かったら空き時間に家帰れるんですけど。

塙 何人かで浅草にアパート借りようと思ったけど、けっこう高い。「あそこ汚いから2万円で」と思ったら8万5000円。「喫茶店行くからいいや」と思って。

──8万5000円あったらけっこう喫茶店行けますよね(笑)。お二人で別々のお仕事されることもありますか。

土屋 ボクは子どもの時から競馬が好きなので、競馬番組はけっこう一人で出ていますね。ナレーションとか。今日も番組やってきました。馬の絵も描くので、それでよくお仕事いただきます。

──先ほど喫茶店で描かれてるとおっしゃっていましたね。お上手ですよね。

土屋 (描くのに)すごい時間かかるんです。絵の値段?まだ趣味なので。

──100万円とか、つけちゃえばいいんじゃないですか。

土屋 そうですね(笑)。売れるかな(笑)。

──塙サンのご趣味は?

塙 ボクは相撲や野球が好きなので、見に行ったり。一昨年にこの「中法ニュース」インタビューに載った古今亭志ん陽さんとは草野球でよくご一緒しました。

──草野球もやってらっしゃる?

塙 昔、漫才協会でやっていました。対戦相手は、平日の昼間に暇な人たちなので、噺家さんとか、漫画家さんのチーム。ちばてつや先生のチームとやって、ちば先生は70歳過ぎているけどファースト守って。相撲は、今日はここに来るときも車の中で聞いていたんです。テレビで見るのも好き。データがいっぱい出るから。

土屋 競馬もそうですね。家で、グリーンチャンネルで直前までデータが見られる。馬の色つや?いまデジタル放送でクリアーだから。大きさもだいたいわかる。恐竜とかだったら生で見たいけど(笑)。

──漫才は?

土屋 漫才は、生で見たいですね。

塙 はい、漫才は、生で見てもらわないと困ります(笑)。

──これからの抱負は?「今年はやるぞ」ということがあれば。

塙 一番面白い漫才は何か、と追究します。そのために、整形するかも。今までにできないボケができる(笑)。

土屋 末永く愛されて、今までやったことのない面白い存在になるために、長く続けることでそうなれるかもしれないし、挑戦していきたいと思います。

──ご活躍を期待しています。

関内ホール楽屋にて(11月14日取材)
インタビュアー 植草・本山

会員情報
会員リスト
会員専用メニュー
会員専用 会員リスト
メールアドレス登録
操作マニュアル
部会
青年部会
社会経済の動き
 

-天気予報コム- -FC2-
社団法人横浜中法人会
Copyright (c) 2004-2006 Yokohama Naka hohjinkai All rights reserved. Produce by saipri