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鬼武 みゆき
インタビュー 2013年1月
自分たちのやりたいことをとことんやらなければ意味がない。それでこそ、皆さんの心に届くものができるのではないかと思います。
コンポーザー・アレンジャー・ピアニスト
鬼武 みゆき
PROFILE
萩生まれ、横浜育ち。
1992年よりプロとして演奏活動を始める。
東京理科大学理学部数学科卒業、異色の音楽家として話題となる。
2002年、自身のレーベル、Eternal Music Recordsを設立。
これまでに、4枚のオリジナルアルバムを発表。自身の活動の他、アーティストからの信頼も厚く、手嶌葵、桑江知子、畠山美由紀、笹子重治等、数多くのレコーディングやコンサートに参加。
その他、テレビ東京「命の時間の贈り物」の音楽担当、小栗康平監督映画「埋もれ木」の挿入歌作曲、マレーシア・ナショナル・シンフォニー・オーケストラのオーケストレーションを手がけたりと、益々コンポーザー、アレンジャーとしての真価が発揮されている。
最近では、ジャーナリスト・鳥越俊太郎、写真家・森日出夫、アニメーター・伊藤有壱など、様々な分野とのコラボレーションも積極的に行い、ジャンルを越え、幅広く活動中。
現代を生きる私達に元気と安らぎを与えてくれるアーティスト。www.onitake.com

──鬼武さんはピアニスト・作曲家としてジャンルを超えて活躍していらして、横濱ジャズプロムナードにも毎年出演されていますね。

今年で15回目。楽しみにしてくださっているお客様も多くて、いつも入りきれないほど。本当にありがたいです。ふだんのライブでは、お客様から3つくらいお題を頂いてストーリーにして、(それに沿って)皆さんの前で私がピアノで作曲していたこともあります。ふつうは見られない作曲するところを、むしろ見ていただこうと思って。お題を頂くやり方が、インターネット配信の「1 minute Piece "Happiness is…(私の幸せ)"」につながっています。

──誰でも無料で見られる1分間のショートムービーですね。音楽が優しいですね。

毎回違うゲストの方に「私の幸せ」を言葉でいただいて、森日出夫さんの写真と私の音楽とでコラボレーション。東北震災の後にチャリティで何かできないかと思って、2012年から始めて11本になりました。日本の、そして世界中の皆さんが、私たちの作品で、もっともっと幸せに、元気になってもらえたらという思いで、「幸せ」を題材にしました。

──8 本目のゲスト、俳優の高橋長英さんのHappinessは「快食快眠快便。」(笑)。

今回のゲストは「ブリキのおもちゃ博物館」の北原照久さん。前回は女優の余貴美子さん。頂いた言葉に沿うストーリーを決めて、写真を考え、音楽を作っていきます。何度も森さんとディスカッションを重ね、ラフ映像を仕上げるのですが、最終的に、音楽のレコーディングスタジオやエンジニアさん、映画監督の中村高寛さんなど、いろんな人たちがかかわって成り立っています。

──1分の画像にとても時間とエネルギーをかけているのですね。

お金を頂いてする仕事ではないですから、自分たちのやりたいことをとことんやらなければ意味がない。それでこそ、皆さんの心に届くものができるのではないかと思います。

──鬼武さんは東京理科大学数学科を卒業されてシステムエンジニアをされていたと聞いて、驚きました。ピアノを始められたのは?

4歳からエレクトーンを始めたんです。サラリーマンの普通の家庭で、女の子は皆お稽古ごとでするからと、親が習わせてくれました。でも、作ることが好きだったので、早くから作曲も始めて。両親が山口県の萩出身で、私も萩で生まれたのですが、叔父が画家でしたので、絵を描いたり、萩焼きとか、作ることを身近な遊びとしてやってきたのがすごく影響していますね。中学1年生でピアノを買って、今は(買い換えたので)それをこのスタジオに置かせてもらって、時々イベントで弾いてるんですよ。

──いいピアノですねえ。きれいにしていらっしゃる。

 このピアノから、30年にわたって何百曲も生み出されています。高校の時、東京芸大の作曲科に行きたいと思って、初めてクラシックを勉強、詰め込むだけ詰め込んで(笑)。でも、その頃、数学もとても面白くなって。芸大受験は(難関で、進路指導の)先生も賛成してくださらないし、音楽は自分でもできるけれど数学は習わないと深い世界までいけない。そう思って東京理科大学数学科へ進学しました。その時は数学者になろうと思ってました。

──ほう、学者さんに。

夢は大きく、志は高く(笑)。でも、入学してからバンドに誘われて始めたら、バンドが楽しくてねえ(笑)芸大の軽音楽サークルに所属して、オリジナル曲を作ってライブをやったり、大学祭に出たり、音楽三昧。

──その頃はどんな音楽を?

ロックやフュージョンですね。高校の頃、横浜スタジアムに、ジャコ・パストリアスという有名なベース奏者がビッグバンドと来たのを聴いて、「なんて自由でかっこいいんだろう!」って、それがジャズに入ったきっかけです。「あんな自由な音楽をやりたい」って。
 大学4年の時には、上田力というピアニストで、作・編曲家、批評もされている方に弟子入りをしたんです。でも、課題はなし。(子供の頃)描いた絵を叔父に「どう?」と聞くと、(逆に)「自分ではどう思う?」。「ここがもう少しこうなったらいいと思う」と言うと「じゃ、そう描けばいいんじゃない?」って。師匠も同じで、自分でやりたいことをやって、聴いてもらう。「オリジナル曲が面白い、才能がある」と言われましたが、プロになれるほどの腕ではない。大学卒業して就職しました。

──それでシステムエンジニアに。

はい、株式会社キヤノンのSEになりました。その後、就職4年目の時、道を歩いていたら、ふっと「今ならできる」と思ったんです。

──音楽のプロになるということ?

ええ、それまでもずっと考えてはいたんですけど、無理だろうと思ってたんです。音楽を聴いたときは、作曲者の気持ちが自分の中に通ってくる。でも、美術作品を見ても作家の考えが全然見えてこない。アートは全部共通ですから、それでは一流になれないと思ってました。でも、その時はただただ、「今ならできる」と思った。自分が見つかったのかな。

──会社員を続けていれば安定していらしたでしょうに。

上司から、「勤めながら音楽もやったらいい」とも言われましたけど、二足のわらじでできるほど音楽は簡単なものじゃない。最初は生活のためにラウンジや婚礼で弾いて、日曜コンサートというような形で自分のオリジナルが弾ける所を見つけていきました。

──きびしいですねえ。

退職して1年目に、初めてのソロコンサートを開いたとき、辞めたのに会社の同僚がたくさん来てくださって、ほんとに嬉しかったです。そのうち、デモテープを持って行ったら気に入ってくださった南青山のライブハウスで活動を始めたんです。そこで第一線の方々と知り合って、パーカッションのヤヒロトモヒロさん、ベースのグレッグ・リーさんとトリオで12年やって、アルバムも3枚リリースしました。新しいこともやりたくなって今は休止中ですが。

──それから主に青山を中心に演奏活動を?

ええ、横浜のライブハウスでも。新しいことをやろうと、いろいろなコラボレーションを始めて今に至っています。保土ヶ谷区のかながわアートホールで無料のキッズコンサート(「世界の音楽編」シリーズ)をやっているんですけど、いつも、無料では聴けないような素晴らしいミュージシャンの方々をゲストに迎え、楽器の特性がよくわかる曲をやったり。子どもたちに楽しんでもらえているみたいです。「バイオリンでさざ波みたいな音を表すときはこうやるの」とか、私は音楽理論を学んでないので、返って子どもたちの目線で音楽を考えることができるのかもしれませんね。

──ピアニストになる方は小さい時からその道に進むそうですが、鬼武さんは、ご自分が思った時に始めて、努力されて、素晴らしいですね。

思い続けていると、それはかなっていくと思います。子どもたちには、なんでも自分が興味を持ったものは、「無理だよ」と言われても、とことんやっていって欲しいと思います。私も反対されても、音楽やりたかったからここまで来ました。
 自分に自信が持てないと、なかなか進んでこられないですけど、会社を辞めて2か月くらいの時に、自分の中で大きな事件があったんです。美術作品を見ても作品の中に入れない、作品に話しかけても返ってこないと、先ほど言いましたけど、人形作家の辻村ジュサブローさんの展覧会に行ったら、見始めて3体目くらいの時、生まれて初めて答えが返ってきたんです。作品とわたしが一体になれた。その感覚が、曲を作る時の、最終的に「ひとつの曲になる」瞬間と全く一緒なんです。生まれて初めて、自分なりの作品になる〈瞬間〉をつかんだ。

──そういう一瞬があるのですねえ。

音楽の道に入ってよかったんだと、初めて自信が持てたんです。近頃は、自然に、あるタイミングになると(仕事が)やってきてくれる、という感じです。映画音楽を作りたいと思い続けていたら、小栗康平監督の「埋もれ木」の挿入歌を作らないかと言われて。オーケストラのアレンジを頼まれてクアラルンプールに行ったり。そういう、その時の自分よりちょっと先のことが舞い込んでくるのが嬉しいですね。なんの世界でも、一生歩き続けて、ゴールというのはないと思います。何回も確認したり、気づいたり、発見したり、そうして今まで重ねたものがさらに深いものになっていくと思います。一歩一歩進んでいくのが、わたしらしいですね。

アマノスタジオにて(11月13日取材)
インタビュアー 植草・笹部・寺中

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