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山崎 行雄 氏
インタビュー 2011年4月
視聴者にとって、県民にとって、なくてはならないテレビ局を目標にしたい。
もう一つ、ここで働いている一人一人が将来の希望が持てるようにしたい。
(株)テレビ神奈川 代表取締役社長
山崎 行雄
PROFILE
昭和23年7月生まれ。昭和47年1月 株式会社テレビ神奈川入社、平成5年5月 株式会社TVKサービス兼務出向 常務取締役、 平成6年10月 株式会社テレビ神奈川 販促部長、平成7年7月 同 東京支社スポット部長、平成9年7月 同 企画部長、平成10年10月 同 営業部長、 平成12年3月 同 営業局次長、平成12年10月 株式会社TVKエンタープライズ出向 取締役、平成13年5月 同 常務取締役、 平成15年6月 株式会社テレビ神奈川 総務局長、平成16年6月 同 取締役総務局長、平成17年6月 同 取締役総務・関連会社担当 社長室長・総務局長、 平成18年6月 同 常務取締役 総括・グループ政策担当 社長室長、平成20年6月 同 顧問、 平成21年2月 同 顧問 社長付事業担当 株式会社tvkコミュニケーションズ サービスカンパニー社長執行役員 同 ecomカンパニー社長執行役員、 平成22年6月 株式会社テレビ神奈川 代表取締役社長 株式会社tvkコミュニケーションズ 代表取締役社、現在に至る。

──テレビ神奈川には昭和47年(1972年)の入社ですね。

 そう、テレビ神奈川は1972年4月1日開局で、僕が入社したのはその年の1月4日。4月入社の人が1期生だから、僕は0・5期生(笑)。今では、僕が一番古い方かも。最初は放送局のことはなんにもわからずにやってましたね。

──開局当初にはご苦労がありましたでしょう。

 それはそうですね。テレビにはVHFとUHFとあって、東京の民放5局とNHKはVHF。そこに生まれたUHFのテレビ神奈川は、東京の局と同じエリアの中で、競争で番組を作らなくてはならないわけです。VHFと違ってUHFはアンテナも付いていない、という状況で生まれた局でしたので、最初は大変でした。東京にはないものを作らなくてはということで、地域に密着した生活情報番組を始めとして、色々な試みに取り組みました。

──生活情報というと、今の平日昼間の「1230アッと!!ハマランチョ」などですね。

 ええ、お昼に生活情報番組をやって、夜には大洋ホエールズのナイターをやって、土日はラグビー中継が主体。競馬も人気ありますね。音楽番組は、設立当時は歌謡曲とポップス中心の時代だったけど、我々はフォークとロックをやって、公開放送もやった。レギュラーで出てくれたのがこの間亡くなった忌野清志郎のRCサクセション。荒井由美時代のユーミンとか、ダウン・タウンブギウギ・バンド、それから、えーと……。

──ザ・ブルーハーツ。

 よく知ってるね(笑)。今でもそういう系統の音楽番組をやって、ずっと支持されてきました。巨人戦のナイターは、当時は、(他局は)放送は9時で終わって試合終了までやらない。その後をうちでやろうと、リレーナイターというのをやった。これが受けたんですよ。高校野球も、神奈川県は出場校数が全国一ですから、この放送も受けた。ラグビーも他の局ではやってなかった。サッカーも誰も見に行かなかった時代からやっていて、スポーツコンテンツはずっと発掘してきました。ママさんバレーは神奈川県が全国で一番チーム数が多いので、力入れてきました。他局と違うものを意識していて、これからもそうしていきたいと思っています。

──新車情報番組「クルマでいこう」は、新車が出ると試乗して、ヨイショするだけでない辛口の語り口で長く続いていますね。

 33年続いてますね。各地のローカル局にもネットしています。

──山崎さんご自身が入社以来で一番楽しかったこと、印象的だったのは?

 仕事では、やっぱり番組制作ですよね。10年やってました。当時の農協さんがスポンサーの番組では神奈川県じゅうロケして歩いたから、神奈川の食べ物とかは詳しいですよ。料理が趣味なんで、おいしい物見つけたり。家では、土日はほとんど、僕が料理やってます。お正月のおせちも、きんとんとか全部やりますよ。ただ、うちの女房は芋・栗・豆が嫌いなんで食べない(笑)。伊達巻きだってできるよ。

──ほう、ご自分で作り出したのは学生の頃から?

 両親が共稼ぎだったので、(母親が)いないときは自分で作るしかない。今は(夕飯に)4品か5品作ります。たとえば魚を塩焼きにして、タケノコ煮たり、三つ葉おひたしにしたり。僕はとろろの山かけが好きだけど、女房は大嫌いなんで(笑)、彼女の分は違うもの作る。理想的でしょ(笑)。息子が大阪にいて孫もいるから、僕は月に1回は大阪に行く。で、料理して帰ってくる。

──料理番組を始められたらいかがでしょう(笑)。

 いや、料理人みたいにきれいにはできないですよ。料理のほか、趣味は旅行とゴルフと庭いじり。庭には朝顔を植えてて、毎年やると近所から期待されるじゃないですか(笑)。去年「やらないの?」って言われたけど、去年はイベントあったりして土日出勤が多くて。

──昨年6月に今の代表取締役社長に就かれたのですよね。

 はい。僕が就任してから(方針として)言っているのは、一つは、視聴者にとって、県民にとって、なくてはならないテレビ局を目標にしたい。もう一つ、ここで働いている一人一人が将来の希望が持てるようにしたい。今は社員103人。みんなが自分でやりたいと思うことを言うようにしよう。番組作るのに、会社が言って委員会で検討しようというのは止めた。僕らが育ったころには、現場から番組ができてきたんですよ。営業から制作にやりたいことを言ったり、制作現場から営業に「これが売れないかな」とか、それが先ほど言った(tvk独自の)番組につながっていったんです。最近ではみんなが「サッカーで県立高校が優勝したのは久々だから番組に」とか「羽田空港国際化の番組やろう」とか言いはじめた。(社員が)わかってきてくれていると思う。〈話題を作るテレビ局〉にしたいなと思ってます。

──ネットや携帯が普及して、若い人はテレビ離れが進んでいませんか。

 ティーン世代にも、メディアで一番親しまれているのはやっぱりテレビなんです。話題にするのはテレビ番組のこと。まだまだ可能性はあるんです。メディアは確かにめちゃくちゃ増えてます。大競争時代には間違いない。広告費も伸び悩んでますから、テレビ以外のハウジング事業とか結婚式場もやってます。放送本体も一生懸命やりながら、収入を安定させることに努めたい。

 僕は昨年から代表取締役社長になりましたが、実は、母親の介護をするために(常務のとき)一度退任してるんですよ。母が亡くなって、また戻れと言われて。

──ご自宅でお母様の介護を?

 ええ。2年前、僕が看るしかないと思って、会社を辞めて、順調に介護生活に入ったんだけど、結構大変なんです。母親は一人でトイレに行けないから、夜中でも呼ばれたり。こっちは24時間介護で疲れてるじゃないですか。たまには休みたいから「デイサービス行け」、母親は「行かない」で、大げんか。いろいろ苦労して、やっと、介護って無理じいしてはいけないってわかった。母親の食事は僕が全部作ってたけど、食事を受けつけなくなって、病院で胃瘻にして、年明けに退院って言ってたら、年末に突然、亡くなってしまったんです。結局、最期には間に合わなかった。

 それで、また、働いてます。現場から離れてたのは8か月ですね。

 (現役時代は)制作は楽しかったんですけど、営業も大事でね。営業にいたのが15年間くらいですか。一番大変だったのは事業部長時代。Jリーグができてサッカーブームで、外国のチームが来て、横浜フリューゲルスとか横浜Fマリノスとかと、横浜スタジアムや東京ドームに天然芝を敷いて試合やったんです。そのチケットを3万枚くらい売らないといけない。売れるのも売れないのもあって(笑)。それから、鶴見のつばさ橋開通の時に、ツール・ド・フランスみたいな自転車ロードレースをやろうと、3千数百人集めてイベントやったり。面白かったですけどね。ほとんど寝る時間なくて、狭心症にもなりました。お客さん入らないと赤字だし、結構ここ(心臓)に来るんですよ。寝れなくなっちゃう。夢の中でチケットの枚数数えてる(笑)。

──うわあ…、お酒やタバコは飲まれないのですか。

 昔、タバコは多い時で1日100本くらい。起きて会社行くまでに1箱吸ってましたから(笑)。制作時代は、編集やってるとずっと画面を見ながらスパスパ、気がつくと(吸い殻が)こんなになってる。事業部にいた最後の頃やめたんです。それっきり。

──止められて良かったですね。

そうです、胸が痛かったですもの、肺癌かと思った。ためしにタバコ止めて、それで1年くらい死ななけりゃ肺癌じゃないだろうと(笑)。狭心症の薬も今は止めて、もう、708年も発作起きないです。

──テレビ局って年中無休ですよね。泊まり込んでる人も多いですよね。

 (泊まりは)技術系だけですね。番組制作部門のスタッフも編集作業などで、けっこう(夜も)いますね。報道はニュースが終わると10時で、その後反省会で遅くなる。正月もやってますから、会社が休むときはない。

──テレビ神奈川(tvk:3チャンネル)でぜひ見てもらいたいのは?

 4月から40年目に入るので、新たな旅立ちと言うことで、新しい番組を考えています。「ヨコハマ開放区」をコンセプトにしていて、市民の皆さんがいつでも参加できる、「あなたと心を通わせるテレビ局になりたい」という思いを込めています。音楽番組も公開録画的な番組をやりたい。新しいスポーツを開発したい。これまで以上に、地域に密着した番組作りをして、皆さんに参加してもらえるように、そういう番組作りをこれからも心がけていきますので、ぜひ、皆さんにtvkを見ていただきたいと思います。

(株)テレビ神奈川本社にて(12月1日取材)
インタビュアー 小竹・植草

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