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加藤 義和 氏
インタビュー 2006年8月
がんばれば、ここまでやれる
株式会社加ト吉代表取締役社長 加藤 義和
PROFILE
昭和11年生まれ。31年、加ト吉水産株式会社(現株式会社加ト吉)設立、代表取締役社長。42年、観音寺市議会議員。48年、観音寺市議会議長。50年、観音寺市長(4期16年間)。平成13年、観音寺商工会議所会頭。連結会社25社の会長のほか、日本冷凍めん協会会長、日本冷凍食品協会副会長、日本商工会議所政策委員会副委員長などを務める。旭日中綬章ほか多数受賞。著著「人に始まり人に終わる」「後ろ姿で学んだチャレンジ経営」「変革への挑戦」「がんばれば ここまでやれる」ほか。

冷凍「さぬきうどん」「ごっつ旨いお好み焼」「えびフライ」をご愛顧賜っております加ト吉グループの加藤でございます。

わたしは香川県、讃岐で生まれて讃岐で育ったので讃岐弁でお話しさせていただきます。20歳で会社を興しまして、今年50周年。「がんばれば、ここまでやれる」、これはわたしの生い立ちをお話しするとよくわかっていただける。

15歳、峠を越えて行商に

親父は昭和20年に戦死しました。おふくろは29歳で未亡人。幼い子供3人を育てなくてはいけない。稼業の水産加工業は5月半ばから10月半ばまで。シーズンオフは農繁期に農業を、それが終われば蒲鉾屋さんで手伝って、母親は一生懸命頑張りました。その後ろ姿を見て、わたしは育ったわけです。中学3年の3月末に祖父が脳卒中で倒れたんです。水産物の加工は男手が必要で、悩みましたが長男としての責任から高等学校進学を断念しました。

わたしはシーズンオフに自転車で蒲鉾の行商を始めました。朝、3時半に出れば、25キロはなれた琴平町に山道の峠を越えて6時に着く。大きい旅館に行っても15歳のわたしは相手にしていただけない。小さい旅館に行って荷物の積み卸し、食堂でどんぶりを洗うのを手伝う。そうすれば「明日からかまぼこ10枚買ってやる」。努力すれば道は開けるというのを15歳の時、体で経験したんです。

バイクをやめて船に乗る

バイクを買えば峠を楽に越えられるのでバイクを注文して、帰って一晩考えた。確かに楽になる、でも荷台に積める量しか商売できない。もっといい仕事がないかな。産地問屋は、11月から4月まで捕れるエビ、カニを鮮魚のまま大阪・神戸に送っている。この仕事をすればフルシーズンできる。それで、バイクをお断りして、大阪に行って勉強してくるって、16歳の秋に、関西汽船に乗って大阪の天保山という港に朝6時に着いた。

中央市場へ行き、買い出しに来てる人がたくさんエビを買って帰る後をつけてって「香川県観音寺のエビを直取引きしたい」と言った。直で売ったら、中央市場の手数料6%仲買さん7%(省ける)から、13%高う売れるんです。量は少ない。でも、16歳の時に運転資金がないから、量は少なくても高く売れるほうを選びました。そうして蓄えた金が200万円、今の金でしたら約1億円くらいを資本金にして、加ト吉という会社を作って、今年が50年です。

商売は海が教えてくれた

おかげで加ト吉は売上げが3,398億円。50年間、ずっと増収できました。その原点は何なのか。それは、海から学んだ。魚は明日幾ら獲れるかわからない。たくさん獲れれば市場の価格は安くなる。安いときには2倍3倍仕入れて一生懸命頑張れば利益がウンと出ます。量が少なかったら高いんです。高いときには、どのような加工をしたらいいか知恵を出して、付加を上げていく。シーズン性があって1年間同じものが取れない。だから、商売というのは不安定だというのがわたしの原点。今、グローバルでITの時代で、変わるんです。変わることでニーズが変わる、それにチャレンジする。これを海が教えてくれた。

池田内閣で所得倍増論のとき、まさに日本は成長期に入っていた。都会で人手が足らなくて田舎から集団就職で行った。そのとき、どういうニーズが起きたか。学校給食、産業給食の調理人が不足してきたんです。短時間で大量のまかないができて、鮮度を保てるのが冷凍のエビフライとか魚のフライ。わたしは作りました。当時はなんぼでも売れる。

農漁村の香川県観音寺市にどういうニーズがあったか、農業・漁業所得だけでは生活が大変で主婦がどっかへ働きたい。ならばと、農家の主婦が集まる所へ工場を建てた。人口5万足らずの観音寺市で日本一の冷凍食品メーカーになれたんです。

20グラムのごはんの夢・ロマン

今から10年前、バブル崩壊しました。そのなかで加ト吉は何に夢とロマンを持っていくか。1つは価格革命。もう一つが「コメごはん革命」。寿司エビなどの寿司種は毎日250万個くらい作っている。その下に必ず20グラムのごはんが付く。天丼に使う天ぷらエビ、毎日40万食にはどんぶりが付く。だから、我々はコメの商売を始めた。10年で250億円の商売をさせてもらえるまでになった。

12年前に講演に行った長岡で食べたごはんが「魚沼のコシヒカリってこんなにおいしいのか」と、ごはんの工場は新潟に。給食やレストランやテイクアウト、いろんな所でごはんが売れている。20年したら家庭でご飯を炊かなくなる。買って食べる。家庭で炊飯されるお米は1兆3,000億円ほど。お米がごはんに変わったときは3兆円の産業になる。今、冷凍うどん・エビフライの加ト吉は、まだ3,000億円の加ト吉かもわからない。ごはんの加ト吉だといったら、うんと大きな加ト吉になる。20年後、加藤が言ったことがほんまになってくるかもわからない。わたしはそういう夢・ロマンを持ってこれからもやっていくわけです。

10年前、新潟のごはんの工場ができて、6月に行きました。谷川岳、八海山、雪がずっと残ってる。こんな素晴らしい所って、見た瞬間「この原料はタダだぞ」と。雪水が流れてくるんです。運賃もいらない。倉庫賃もいらない。あのきれいな雪の原料があるのに(ミネラルウォーターを)フランスからなんで買わなくてはいかんの。

男おしんの価格革命

12年前、中国の大連で「後ろ姿で学んだチャレンジ経営」(創立35周年の著書)を出版したいというので、出版パーティに行きました。空港に着きますと、女子大学生が横断幕で「ようこそ、日本の男おしん」。わたし、行商から頑張ったから、中国行ったら男おしんになってる(笑)。山東省に行って見て、瀬戸内海によく似てる。奥地は農村地域で。工場を出したのが今から11年前。今は中国で10工場、2万人の社員がいる。日給が500円です。日本の1,000人分の人件費で余るわけです。今、世界で獲れた魚を日本に持ってきて、冷凍の魚フライ1個を作るのに5円。中国だったら30銭。四国から東京までの運賃と、中国のチンタオから海上を冷凍コンテナで東京まで来る運賃は変わらない。だからコストが下がるんです。これが価格革命です。スーパーで見てもろたらわかるけど、価格はこの10年で平均20%下がっています。

海の魚を食べていない七億人

日本で物余りでぶつけ合いしていても儲からない。これからはグローバルに売っていこう。

今、中国には海の魚を食べていない人が7億人いる。2年前に(長安に旅行に行って)魚の売場を見たら、フナやコイ。7億の人に海の魚を食べさせる時代が来る。コールドチェーン、冷凍車を走らせる。7億人をマーケットにするときには、大きいロマン、夢がある。それを現実にしていくのがわたしどもの会社のこれからの若い者だ。そういう夢・ロマンを持って、グローバルをマーケットに、スピードを持ったレボリューションをしていこう。

3,000時間のシナリオを書く

東京でわたしどもの40歳の社員は年俸1,000万です。2,500時間働くとすると1時間4,000円。企業は人件費の2.5倍くらい稼がないといけないから、喫茶店で30分コーヒー飲んだらコストは5,000円、1時間1万円ですよ。だから、8時間で9時間分の仕事ができれば1人が1万円稼ぐことになる。いかに頑張っていただけるかということが大事。

睡眠、お風呂、食事、ひげ剃り、男であれば生理的に1日9時間あったら充分なんです。あと15時間は何かしている。365日で5,475時間。そのうち労働時間は2,500時間として、3,000時間は何に使うかは、皆さん自身がシナリオを書けるんですよ。パチンコに行く、ゴルフに行こうかという人もある。2,500時間で稼いで3,000時間でそのお金を使うためにシナリオを書く人と、この3,000時間のうちに仕事が面白いからもう500時間仕事してやろうかとしたら、1時間1万円の人だったら500万円稼げる。ちょっと頑張れば良うなるんです。

「頑張ろうと思っても仕事がない」って、仕事は考えたらこの時代なんぼでもあります。自由経済、自由社会だもの。

わたしにもでけた

最後に自分の信条を申したいと思います。それは、わたしが行くべきはずだった観音寺中央高等学校の校訓「誠実・努力・勇気」。そこへ「創造」を入れました。「誠実」まじめにやれば信頼と信用を得られ、よりよい協力者が生まれるのです。人間、なんぼえらそうに言っても自分一人ではなんにもできない。「努力」いつの時代にも自ら努力するものは報われる。「勇気」いろんな問題が起きてきます。勇気を持って対処していくことで道は開かれるんです。「創造」知恵を出す、考える、創意工夫。グローバルでITで瞬時に世界が動くようになってくると、やはり知恵が一番いる。勇気がいる。「創造・勇気・誠実・努力」に順番が変わって、これを今、信条にしております。

わたしは親父を9歳で亡くし、資産もなかった。高等学校も行けなかった。このわたしが上場企業になって今期3,400億円の売上げを出すことができたんです。皆さんはわたし以上の学力があるのです。どうかわたしに負けないよう頑張られることを、心から祈念申し上げます。

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