社団法人横浜中法人会
 
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芳賀 宏江 氏
インタビュー 2010年8月
街が変わるのは未来を持っているからこそ。
横浜市西区長
芳賀 宏江
PROFILE
平成6年7月 衛生局 保健部 地域保健課担当課長(地域保健係長事務取扱)、平成7年6月 総務局 市長室 調査等担当課長、平成10年5月 市民局 市民文化部 文化振興課長、平成12年4月 市民局 部次長(市民文化部 文化振興課長)、平成14年5月 総務局 国際室長、平成16年4月 旭区 副区長(総務部長兼務)、平成17年4月 総務局 人事部長、平成18年4月 行政運営調整局 人材組織部長、平成19年4月 健康福祉局 副局長(総務部長、改革推進担当兼務)、平成20年4月 健康福祉局 副局長(担当理事、総務部長、改革推進担当兼務)、平成21年4月 監査事務局長、平成21年 西区長に就任、現在に至る。

小林 光政 氏
インタビュー(続編) 2010年7月
まちづくりは相当長期な展望で作らなくてはいけないということです。
NPO法人黄金町エリアマネジメントセンター理事長
小林 光政
PROFILE
1931年横浜・野毛生まれ。仕事の傍ら地域活動に尽力、特に野毛でのまちづくり及び地域振興に携わり、野毛地区街づくり会会長、野毛地区振興事業協同組合理事長を歴任。現在、NPO法人黄金町エリアマネジメントセンターを立ち上げ、理事長としてリーダーシップを発揮している。

北村 宏 氏
インタビュー 2010年6月
〈Y151〉という一つの指針を立てて、どう表現できるかわからないけれど、積み重ねていけば、横浜は日本の中心になれるんじゃないか。
横浜セントラルタウンフィスティバル「Y151」実行委員長
北村 宏
PROFILE
1947年生まれ。1968年 株式会社キタムラ入社、1994年 株式会社キタムラ 代表取締役社長に就任。
2009年5月 協同組合元町SS会理事長を兼任。

小林 光政 氏
インタビュー 2010年5月
街はケアをきちんとすれば永久に生き延びられる。街というのは生き物なんです。
NPO法人黄金町エリアマネジメントセンター理事長
小林 光政
PROFILE
1931年横浜・野毛生まれ。仕事の傍ら地域活動に尽力、特に野毛でのまちづくり及び地域振興に携わり、野毛地区街づくり会会長、野毛地区振興事業協同組合理事長を歴任。現在、NPO法人黄金町エリアマネジメントセンターを立ち上げ、理事長としてリーダーシップを発揮している。

林 文子 氏
インタビュー 2010年4月
市民の皆様、市会の方々、職員の人たち、市長、この4者が良いコミュニケーションをとったら、難局は絶対乗り越えられると思っているんです。
横浜市長
林 文子
PROFILE
1946年東京都生まれ。1965年東京都立青山高等学校卒業。1977年ホンダオート横浜株式会社入社後、1987年BMW株式会社東京事業部(現BMW東京)入社、1999年ファーレン東京株式会社(現フォルクスワーゲン東京)代表取締役社長、2003年BMW東京株式会社 代表取締役社長、2005年株式会社ダイエー 代表取締役会長兼CEO、2008年5月日産自動車株式会社 執行役員、2008年6月東京日産自動車販売株式会社代表取締役社長を経て2009年8月横浜市長就任。現在に至る。趣味はバードウォッチング、ウォーキング、落語や古典芸能の鑑賞など。

尾花 高夫 氏
インタビュー 2010年3月
勝つことがファンサービスですから、勝つゲームを1試合でも多くして、スタジアムで見て頂きたいと思います。
横浜ベイスターズ監督
尾花
PROFILE
1957年8月7日生まれ。和歌山県出身。PL学園高等学校から社会人野球の新日鉄堺へ進む。1977年度ドラフト4位でヤクルトスワローズに入団、91年まで在籍し同年現役を引退。1995年以降、千葉ロッテマリーンズ、ヤクルトスワローズ、福岡ダイエー(のちのソフトバンク)ホークス、読売ジャイアンツでリーグ優勝7回、日本一に4回導いた手腕が評価され、2010年シーズンより横浜ベイスターズ監督に就任、自身初の指揮官として采配を振る。

加地 隆雄 氏
インタビュー 2010年2月
自らセールスマンとして横浜ベイスターズのためになんでもやって、社長が頭下げるの当たり前ですよ。
横浜ベイスターズ球団社長
加地 隆雄
PROFILE
1940年11月23日生まれ。駒沢大学経済学部卒業。1960年4月株式会社電通入社、横浜支社営業部配属。1985年同社横浜支社、支社次長。1990年同社東京本社営業局、局次長。1996年同社東京本社営業統括局、主幹。1996年株式会社C.A.L代表取締役社長。2008年加地コンサルティング株式会社、代表取締役社長。2009年10月株式会社横浜ベイスターズ、代表取締役社長。

ロケット団
インタビュー 2010年1月
キャバクラのビンゴの司会とか、いっぱいいろんなことやりました。
お笑いコンビ
ロケット団
PROFILE
三浦 昌朗(みうらまさあき)(上)昭和49年生まれ 山形県出身 趣味・特技は散歩、ネタ合わせ。倉本 剛(くらもとごう)(下)昭和52年生まれ 岩手県出身 趣味・特技は読書、ツッコミ。1998年、それまでサラリーマンをしていた三浦と劇団員だった倉本が、同じ劇団に所属したことが2人の出会い。はじめは劇団員を楽しませるために余興で結成された「ロケット団」だったが、2000年には劇団を退団、本格的に漫才に取り組むようになる。その後は今のお笑いの流行とは一線を画し、寄席を中心に活動を続け、現在に至る。時事ネタを取り込んだテンポのある漫才で注目を集め、近年は若手芸人に贈られる賞を次々に受賞、漫才界の若手筆頭コンビとなっている。

竹内 昌弘 氏
インタビュー 2009年12月
先進国の国民が一人一人生活を切り替えなくてはいけないと思うし、動物園はその発信力があると思うんです。
野毛山動物園 園長
竹内 昌弘
PROFILE
昭和29年千葉県生まれ。昭和53年、大学院を中退して横浜市緑政局に勤務。農政部園芸畜産課、西部農政事務所、農地整備計画係長、農政部農政係長、環境創造局農地保全課農地保全担当係長などを経て現在に至る。

浜野 四郎 氏
インタビュー 2009年11月
歴史のある中区の良さと、西区の新しい街がうまく相乗効果を発揮してくれるといいと思います。
横浜市西区長
浜野 四郎
PROFILE
昭和28年神奈川県生まれ、昭和54年3月早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了、平成4年6月都市計画局課長補佐(横浜駅周辺整備担当係長)、平成5年5月戸塚区区政推進課長、平成7年6月都市計画局都市計画課長、平成10年5月企画局企画課長、平成13年4月建築局住宅政策課長、平成16年4月都市計画局みなとみらい21推進部長、平成19年4月都市経営局政策部長、平成20年4月西区長就任、現在に至る。

田邉 邦典 氏
インタビュー 2009年8月
同情という視点ではなく友人という視点からそのいくらかを共有していくことが人間として大事だと、僕は思うんです。
国連WFP協会 専務理事
田邉 邦典
PROFILE
昭和25年横浜市南区六ッ川で生まれ、磯子区森で育つ。両親の実家は、中区内の菓子卸・紙卸。中学〜大学を通じて野球部(軟式)に所属し、高2の秋に神奈川県大会準優勝。昭和48年富士(現みずほ)銀行入行。主として国際金融・審査部門に従事し、中南米向け不良債権問題等を通じて途上国事情に深く絡む。カナダ富士銀行社長、国際審査部長、荘内銀行理事(出向)を歴任。26歳までは国内も含め飛行機に乗った経験がなかったが、計12年間の米国・カナダ勤務を含め、これまでに中南米・アジアの途上国を中心とする43カ国を訪問。その後、親族の経営する中堅建設会社役員を経て、平成19年9月より現職。平成17年4月より東京調布むらさきロータリークラブ会員。

高橋 柢祐 氏
インタビュー 2009年6月
真実は真実。「これはこうだから困る」ということをはっきり言うことです。
横浜市中区自治会町内会連合会会長
高橋 柢祐
PROFILE
1926年(大正15年)中華街で生まれる。大学卒業後、昭和22年江戸清入社、昭和45年社長となり、平成12年会長となる。昭和53年より山下町町内会長の任に就き現在にいたる。また、横浜市中区自治会町内会連合会長、横浜市自治会町内会連合会副会長も務める。消防団員や民生委員、裁判所の調停委員も務める。平成7年自治大臣表彰、平成8年厚生大臣表彰、平成15年財務大臣表彰、平成18年総務大臣表彰を受彰。平成8年藍綬褒章、平成15年勲五等瑞宝章を受章。

伊藤 有壱 氏
インタビュー 2009年5月
ボクらは「自分の好きなことを本業にしようと考えた最初の世代」と言われたことがありますね。
(有)アイトゥーン取締役代表
東京藝術大学院映像研究科アニメーション専攻教授
伊藤 有壱
PROFILE
1962生横浜在住。東京藝術大学美術部デザイン科卒。‘98年I.TOON Ltd.設立。同代表。クレイを中心に様々な技法を駆使し、TVCM、番組、ミュージックビデオ、劇場映画等で活躍するアニメーションディレクター。代表作「ニャッキ!」(NHK教育)のほか、宇多田ヒカルや平井堅のMV、クレイアニメ制作ソフト「CLAY TOWN」のプロデュース。松竹110周年記念ショートアニメーション「NORABBITS' minutes(ノラビッツ・ミニッツ)」。のっぽさんが歌うNHKみんなのうた「グラスホッパー物語」等。2008年4月東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻教授就任。1998年〜日本アニメーション協会理事。2007年横浜文化賞文化・芸術奨励賞。 文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞受賞。

岡部 友彦 氏
インタビュー 2009年4月
寿町は今50%の人が65歳以上、80%が生活保護を受けています。日雇い労働者の街というよりは高齢者の街になっているんです。
コトラボ合同会社代表
岡部 友彦
PROFILE
1977年 神奈川県生まれ。東京大学大学院建築学修了。コトラボ合同会社代表。2004年から横浜寿町を拠点にヨコハマホステルヴィレッジなど地域活性化プロジェクトを行っている。”モノ”づくりではなく、”コト”づくりからまちづくりに取り組むかたちで、街のイメージチェンジを行うのとともに、街の資源を活用し、新たな産業を創る取り組みを行っている。再可視化=再価値化、街の中にもう一度「ムラ」を創るような人の流れづくりをデザインすること、そして、街を生態系のように捉えるスタンスを持ちながら、地域の元気づくりを行っている。2007年、内閣府地域再生伝道師任命、Japan society Innovators Network参加、2008年、横浜文化賞文化・芸術奨励賞受賞。

エディ 潘 氏
インタビュー 2009年2月
生きてる限り、自分の中で追究していくと思う。そのなかでまた新しい発見ができるじゃないですか。
ミュージシャン
エディ 潘
PROFILE
1947年、横浜・中華街生まれ。66年、米軍基地があった本牧のクラブ〈ゴールデン・カップ〉の専属バンドとして平尾時宗とグループ・アンド・アイを結成。その圧倒的な演奏力と洗練された音楽センスで米兵達を驚かせた。翌年、ザ・ゴールデン・カップスとバンド名を変更しメジャーデビュー。「長い髪の少女」「愛する君に」などのヒットにより人気は全国に広まった。現在も横浜を中心に音楽活動を続け、“ハマのブルース・キング”として多くの人々に愛され続けている。

三遊亭歌之介 師匠
インタビュー 2009年1月
カメは1回も相手を見てない。見ていたのは旗の立っている山の頂上だけ。
落語家
三遊亭歌之介 師匠
PROFILE
1959年生まれ。鹿児島県肝属郡出身。1978年3月 大阪市立汎愛高校卒業後、三代目・三遊亭圓歌に入門。前座名、歌吾。1982年4月 二つ目昇進 三遊亭きん歌となる。5月 住まいであったアパート「善兵荘」の廊下に140人のお客を集め落語会を行う。廊下での落語会は業界初。1983年 この年のTV「らくごin六本木」に最多出演。1985年 若手演芸大賞最優秀二つ目賞を受賞。NHK新人落語コンクール入賞。1987年5月 真打昇進試験に新作「寿の春」で合格。10月 先輩18人抜きで真打昇進。初代・三遊亭歌之介となる。1988年5月 故郷鹿児島にて、ミニ独演会(1回30分)を1日14か所で行う。1990年 鹿児島県より「さつま大使」の任命を受ける。1991年 国立演芸場花形演芸大賞金賞受賞。1994年 自身初の音源となる『爆笑120分〜ばっばんとデンキンタマ』を発表、続けて『爆笑120分パート2』を発表。1995年 『歌之介らくごパート3・4』発表
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